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08.14
Tue





はい、今更ですが後書きです。

そもそも文章どころか物語自体書いたことがない人間が何を思ったかこんな物を生み出してしまいました。

はい、勿論学生の頃一番苦手だったのは感想文を書くことでした。すいません。

突然こんな物を見せられるハメになった皆様、本当に申し訳ありません。この場でお詫び申し上げます。



今作ラストの古澄の選択、回答というのは私の望むものではなく、書き終えた後の失望感は私の中の僅かな気力すら奪い去ってしまうほどに大きく、本当、随分とやられました。

書き終えたのが盆休み始めの頃で良かったと思います。


今は、というと、やはりどうにもこれが現時点での私の抗えない現実なのかなぁ、と思い至り、もし次の機会があれば違う結末を見てみたい、そうして溜飲を下げる事ができました。


古澄が死を諦めるのか生を受け入れるのか、というのは最後の最後まで決めずにいた事です。それは私の中でとても大きな問題であり、今作はいわば古澄の抱える問題に対して私自身が思い付きもしないような新鮮な答えを期待した実験的なものでした。



今ネタ帳(テキスト文書5つ位)を読み返すと、古澄と白神が共犯だったり黒幕は古澄だったり怜が白神に洗脳されて大量の自殺志願者を暴食の餌食にさせていたりと酷いもんです。どう収集つけるつもりだったのか。


白神が2回目の暴食後外に出てこれなかったのは力を使い切れていないからではなく怜の中に居たいという気持ちのほうが強かったから。詩子が現れることで見ないふりをしていた現実を見ることになった白神は詩子に事件の顛末を与え、詩子に殺される覚悟をします。一方詩子はラーニング能力で拡張した終末病の能力を使ってイチバチで脱出するつもりでした。がそんな描写は一切挟めずじまい。はい作者が悪いです。


とりあえず、これでなんだか小説のコンテンツが一つできちゃったので後ほどカテゴリ分けでもしようかなと思います。


また気が向いたら何か書くかもしれませんが、今度は予め決めて書いておいたほうが精神衛生上いいのでそういう作りになるかもしれません。
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08.12
Sun






抗えない本能、情動、感情。

一時の衝動が強烈に自身を焼いていく経験があった。

火傷では済まないほどに、その心を灰にするほどの想い。

愛憎入り乱れた止めようのない気持ちの行き先は、破壊衝動。



それが他者に向けば殺人。

自己に向けば自殺となる。


僕は後者の人間だった。


一歩手前で踏みとどまっては、また燃え上がる炎。

僕の人生は、それの繰り返しだった。


それが当たり前だと思っていた。

磨り減った心はいつの間にか元通りになり、

溢れそうになる器の中身はいつの間にか空っぽになる。


負荷を受けた心はリセットされるものだと、思っていた。

だからか、僕はよく忘れる。

人の名前も、顔も、好みも、話した内容も。

昨日と今日の境界もおぼろげなまま、繰り返し続ける。

関わり合っている僅かな他人、家族、僕を知っている人間が、

僕をここに繋ぎ止めている。生きる意義なんて何処にもなかった。

甘えているのだ。僕は。

それでも、それを超えられない。抜け出す術を知らない。

心を開く方法が、分からない。

途方も無く、希望もない作業に思えた。



そんな中、終末病の噂を知る。

僕を取り巻く環境から、全ての僕が居なくなる。

願ってもない話だった。



1週間前の今日、僕は死んだ。天秤は鎖を断ち切って死に傾いた。

最後に縋ったものはあっけなく僕の期待を裏切って、ただ現実だけを見せつけた。

終末病という幻想の消失。

分かりきっていた。僕はその程度の判断能力も欠いていたのだ。



あれから1週間後の今日。


僕はまたこの場所に来ている。

思った通り、封鎖されただけで誰もいなかった。

立入禁止の黄色いテープをくぐり、廃ビルに入る。


不気味に静まり返る荒れ果てたビルの中。

ほんの一週間前、ここで何人もの人が死んだ。

僕もその一部になるはずだった。



僕の選択に待ったをかけたあの女性、聖部詩子は、怜はどうなっただろう。

意識不明の人間をカウンセラーが回復させるなど、荒唐無稽な話だ。

あの人はどんな言葉をもって僕に何を言いに来るのだろう。



『僕はあの廃ビルで待ってます』


『…』


『もし仮に、怜が意識を取り戻すことがあって、

それが間に合うのであれば、もう一度あそこに来てください』


『わかった』


間に合わなかった場合、僕は死ぬ。

そう言うつもりだったが、彼女はソレを聞いてはこなかった。


『それじゃ、次の終末病の時間にお会いしましょう』




階段を上がっていく。通電していないエレベータは使えない。

まるで絞首刑の罪人が登る階段のようだな、と思う。

延々と続く階段を、一つ一つ上がっていく。



屋上へと続くドアを開ける。鍵は掛かっていない。



「!……怜」


屋上の真ん中、怜が立っていた。

病衣一つに身を包み、足元は裸足にサンダル。


「古澄君、お久しぶり」


彼女はそういうと、寂しげに微笑んだ。








古澄君は心底驚いたようで、目を見開いて私を見ている。

先生から事情は聞いている。


「お陰様で、復活しました。詩子先生のお陰。

私、夢を視ていた…古澄君、私の事情も、聞いたんでしょう?」


古澄君は駆け寄ってくると、上着を脱いで私にかけてくれる。

なんで、そんなに優しいのに。君は死んでしまうのだろう。

分かる気がする。でも、駄目だよ。許さない。



「聞いた。何で、そんな事を」


「私ね、貴方を殺してしまったと思ったの」


「…どういう事なんだ」


「私と古澄君は、もう半年位前に別れた。

でも、私は、ついこの間まで貴方と一緒に居たんだ」


古澄君は心配するような目で私を見ている。当然だ。


「あぁ、大丈夫、頭がおかしくなったとかじゃないの。聞いていて。

ある人がね、貴方と入れ替わるように、貴方のフリをしていたの」


古澄君は黙って聞いていたかと思うと静かに口を開いた。


「ある人…?」


「うん、私が、殺してしまった人」


「高校の頃の…あの話か」


覚えていてくれたんだ。私の殺人告白。


「あの話はね、本当の話。

私が高校の頃に付き合っていた、白神尋也という人を私は殺した。

当時、別れを切り出した私に、彼は逆上したの。

そして殺されそうになった私は、『力』を使って、彼を消し去ってしまった。こうやって」


私は『力』を発動させる。

自然と、あの黒い泥が出現する。

私はそこら辺に転がっていたパイプを、その泥に飲み込ませてみせた。


「あんま、驚かないんだね…」


古澄君は動揺する素振りも見せない。結構、覚悟したのにな。


「僕は、幽霊も超能力もあると思ってるほうだから…まぁ、ビックリしたけど」



そういえばそうだったかもしれない。



「…それでね、貴方に入れ替わったあの人は、いつかのように私を愛してくれた。

でも、いつかのように間違ったの。そして私は、愚かにも同じ事を繰り返した」


古澄君は悲しい顔をして私を見ている。


「君は、白神という人を2回殺してしまった。それで」


冷たい風が吹き抜けていく。古澄君のコートが温かい。


「厳密には違うかな。言ったでしょう。

その瞬間、私は貴方を殺してしまったと思っていた。

勘違いとはいえ、私は私を好いてくれた人を、二人も殺した」


沈黙。

古澄君が何を感じているのか、どう思っているのかは、今の私にも分からない。

きっと、そんなものはわかりっこない。


「怜、それで君は、どうする。聞かせて欲しい」


「…古澄君、私と、死んでくれる?」







「それは…駄目だよ」


古澄君は、小さく呟くと柵の方まで歩いて行く。

その後を付いていく。

柵は腰までの高さしか無い。元々屋上の開放を想定していないのだろう。

これなら、私でも飛び越えられる。


「君は白神を、殺したんだろう。なら死ぬ事は許されない」


彼は柵の向こう、下の様子を見ているようだった。


「ここから飛んでも、どこかに行けるわけじゃない。

ただ落ちて死ぬ。何もかもを放棄して、君が犯した罪も放棄して、無責任にただ死ぬんだ」


淡々と、悲しい笑顔で語り続ける。


「僕はね、ただ繰り返す人生に飽きて、変えられない自分に絶望していた。

君と居た時間を思い返して、ただ繋いでいた。一歩手前で踏みとどまってきた。

先週僕はここで生をとうとう諦めたんだ。それを止めたのは聖部先生だ。

君を連れてくると言ってね」


「あの人はこう言っていた。

君は僕を必要としていると。

君が、だけじゃない。

僕も、君が必要だ。


君が僕の、生きていく為の確かな繋がりだ」


振り返ると、そっと私を抱きしめる。彼は泣いていた。


「君に縋るんじゃない。怜、君と一緒に僕は生きるよ。

君が罪を犯したというのなら、僕が一緒に背負う。

ありきたりな言葉で、済まないね」


彼は私を許すわけでも、断罪するわけでもなくただ、寄り添うと言う。

悲しい笑みを浮かべながら彼は私を見ている。

彼はこれから先も続いていく無常の日々を受け入れたのだ。

私の幸せは、この温もりの中にある。


「君を見ている。ずっとこれからも」


ありがとう。








本格的に寒くなった。

冷暖房設備がない診療所はウチぐらいなもんだろう。

しかし。


「お前らは暖かそうだな」


「「え?」」


同時に聞き返す古澄と怜。

デスクの前のソファに座り、一つのマフラーで繋がっている二人。


「お前ら人前で惚気やがってアホか、死ね」


「口悪っ!」


怜も古澄もキツイジョークをなんなく流している。


「人間ってのは、何なんだろうね…」


今回は散々振り回された。煙草を取り出す。

片腕がないってのは本当に不便だ。事足りる事でも無いこと自体が不快だ。



「しーちゃんよっす」


「…何の前触れもなく現れるな。帰れ」


「あれ、機嫌悪い~?」


怜達にわざとらしく聞くロイズ。

最近はすっかり完全に人型で現れる。力の消費だのなんだのは嘘かおい。

こいつはすっかり打ち解けてしまった。

たまに顔を出してはちょっかいを出していなくなる。暇なんだと思う。


ちなみに、怜には素性を話してある。というのも。


「怜ちゃん、君の『暴食』についてなんだけどね」


「え、私そんなに食べませんよ!」


ある日怜が診療所に遊びに来た時のことだった。


「違う違う、君のあの黒い泥の力のことね。

アレについてなんだけどねー」


「暴食、ですか、確かに…っていうか、ロイズさんって一体…?」


待ってましたとばかりに、見得を切るロイズ。声も高らかに、


「私は神様です!」


アホに見える。


「へぇー…それで本当は?」


ほらみろ、怜が気を使ってるじゃないか。お前の頭に。


「疑うのも無理はないなー、よし。しーちゃんアレ使ってみて!」


こっちにお鉢が…


「いいのか?マズいだろ」


「いいのいいのー」


「ふむ…」


私は腰掛けていたデスクから離れ、意識を集中させる。

つやつやの黒いスライムのような物体が、テーブルの上に現れた。


「な、なんで先生が!ってかつやつやしてる!」


驚くのも無理はないか。というか、あんまり見せたくもない。

振り切ったとはいえ、この子のトラウマだ。


「ほら、お前に飲み込まれただろ、私」


「…すいません」



「じゃなくて、あーもう、極端に言えばこれが私の力だ。

相手の能力に触れることで能力を拡張し、自身にもインストールする。

こいつらは、ああロイズ達の事な。私のこの能力をクレードルと名付けた。

コピーと呼ばないのは、能力者自身が能力を失うと私も同様に力が使えなくなるからだ。

だから基本的に私単体では無能なのさ」



「はぁ…それで私の力を、どうするんですか」



目覚めてから、怜は力を自在に使えるようになった。

聞く所によると、あの時、古澄の前で力を使ってみせたらしい。

私が念の為にビルの下で張っていた時に、なんと大胆な事を。



「いやね、しーちゃんにはこういう力の回収をお願いしてたんだけどね。

怜ちゃん、その暴食、しばらく持っててくれないかな。

しーちゃんの力って今、これだけだからさ。親としてはアレなわけよ、不安?」



簡単に色々とぶっちゃけるなおい…



「親って…詩子先生とロイズさんの関係って」



「しーちゃんは、私達の可愛い可愛い子供なのです。神様の分身ね」



「え…ええええー!!詩子先生も神様!?」



あーあ。人間相手になんという事を。



「もう…何が何だか…」


そりゃそうだ。災難だな怜。


「んで、どうでしょうか?ダメでしょうか?」


「…分かりました。元々、この力とは生涯つきあっていかなければならないと、思ってたんで。

それに、これは私の罪ですから」


言葉の内容とは裏腹に、怜の表情に陰りはない。

安心する。



というわけで今に至る。



「ところでさしーちゃん、腕なんとかなったよ。ほれほれちょっとおいで」


「本当か。どれ」



幸福であっても死を選ぶ人間、絶望のどん底でも立ち上がる人間。

白神に足りなかったもの。最後まで気付かずに逝ってしまった。

人の心とはかくも無常であり、人の生はかくも無慈悲に翻弄され続ける。


神様のいない世界で、君達はどう生きて、どう死ぬのか。

私はそれを見ていたい。



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08.12
Sun




世界が割れていく。

逃げ込んだ夢の世界は、終わりを迎えようとしていた。



私は真っ白な光に包まれ、浮いていた。

周りには幾つもの色鮮やかな虹色の光。

光に目を凝らすと、そこには私が写っていた。

他の光にも目をやる。そこには、詩子先生との他愛のないやりとりも浮かんでいる。

ここに閉じこもる前の、何気ない日常の記憶も、沢山。

幾つもの綺麗な思い出の光が私の内を、外を、満遍なく照らしていた。


それらに混じって、古澄君との思い出も浮かんでいた。


なんで、忘れていたんだろう。

頬を涙が伝っていく。


まばゆく光り輝くそれらの向こう。


浮かぶ光の向こう側に、こちらの光に照らされて一層濃度を増した人影が立っている。

ついさっきまで忘れていた、一人の男の影。


いつしか心の奥底に押しやって、全て消し去ったつもりになっていた。殺人の実感だけを残して。



その人影に目を凝らす。



虚ろな瞳で、じっとこちらを見ている。



不安が、抱えきれない。震えが、抑え切れない。

恐怖が心に、仕舞い込めない。


気付けば、目を閉じかけていた。



『任せろって、言ったろう?』





閉じかけていた目が、折れかけた気持ちが、私の心が、前を向く。




…分かってるよ、先生。

私は、私が相対しなければならないモノと、きちんと向き合わなければならない。


もう、全て思い出してしまったのだから。夢は終わったのだから。


無自覚ではいられない。無意識ではいられない。



私が殺した貴方から、今度こそ目を逸らさない。


私が罪だ。私の、罪だ。



怖くて怖くて、見ないふりをして、こんなところに逃げ込んでしまった。

たった一度のごめんなさいすら、言えませんでした。



『ごめんなさい』




怜は白神の影に、ただただ深く、頭を下げた。









「ここも潮時だねー…」


無人となった診療所の前で、ロイズは空を見上げる。

空に走るヒビ割れは、大きなシミのように広がり世界全体を覆い始めていた。

夢の世界の寿命が近い。

詩井怜は自身の罪と向き合い、やがて乗り越えるだろう。

詩子の方は、少し分が悪いかな。色んな意味で。


「まぁ、うまくやってよね、しーちゃん」


私達が生み出した最高のレプリカ。無色の断罪者。










「そうか」


目の前の男は、確かに白神、尋也と名乗った。

それは…


「お前が、犠牲者か」


古澄の話から怜の殺人による行方不明者を調べていた詩子はその名に覚えがあった。

たった一人の行方不明者。


「よく調べたね、古澄に聞いたのかな?怜は自身の殺人経験を彼にしか話していなかったからね」


流暢に話す、顔のない男。

白神、尋也。怜の高校時代の同級生。



「私の事をどうやって知った」


「あぁ、それには少し昔話に付き合ってもらう必要があるね」


悪びれる素振りはなく、怒りも動揺すら感じさせず、白神は淡々と話し始めた。


「僕は、怜の同級生だった。高校の頃の話さ。

僕は怜の事が好きだった。だった、じゃないな、今も彼女の事を愛している。


…当時の彼女は、僕の好意を受け入れた。

楽しくて暖かな時間を共有した。少なくとも、僕は幸せの只中にいた。

彼女も、幸せだったはずだと、言い切ることはできないけれど。


…そうだな、僕らは幾度身体を重ねても、近づけた気がしなかった。

ゼロ距離の隙間を埋められないでいた。それがもどかしかった。


そんな時、彼女は唐突に別れを切り出した。付き合いだしてから、もう1年が経過していた。

ベタだろう?僕は彼女との心のスキマを埋めることが出来なかった」



話は一旦切られ、一呼吸の間が開く。

白神は話疲れたのか、顎があるだろうそこに手をあてがう。


…白神は気付いているのだろうか、その『埋められない隙間』が何なのかを。



「僕は怜に詰め寄った。例え理由が無かったとしても怜の口からソレを聞き出したかった。

ただそれだけだ。僕が抱いていた思いは。怜は何も言ってはくれなかった。


僕は、立ち去ろうとする彼女の肩を掴んで強引に振り向かせ、

気付けば、首を締めていた。…そして、気付いたら此処に居た」


白神は怜の力を呼び覚ましてしまった。自制の効かない力は一瞬で白神を飲み込んだはずだ。


「何もない、真っ黒い空間がどこまでも続いているんだ。ここは。

僕は死んだのだと思った。大方、逆に絞め殺されるかしたのか、僕は力が無かったからね。

あの時は、人は死後も意識が続くのかと、それはがっかりさせられた。

2回目、今回だね。同じように飲み込まれるまで気づかなかったよ。ここは怜の中だった。





後に、どれほどの時が過ぎた頃か、一人の男が現れた」


それが元凶か。無意識に握りしめていた拳。『8番目』の力を持つもの。


「男は、突然現れて僕に選べと言った。

このまま此処で永劫の時を過ごすか、力を手にして外に出るか」



「その代償が、その顔か」


力なく笑う白神。


「そう、僕は力を得て、顔を失った。

その男に聞くまでは分からなかったけど、やっぱり僕はあの時死んでいたんだよ。

正確には、外に出た瞬間、僕の顔はなくなったんだと思う。

外に出た僕には個人という情報が認識されないという制約がついた。

そのかわり」


死者が蘇る事はない。何者でもないもの、現象そのものとして存在する白神。

何者でもない彼は、何者にもなれるというわけか。

顔の前に手のひらをかざした瞬間、彼は古澄希生の顔でそこに立っていた。


「僕は、この力を使って怜を探した。話しかける相手の都合のいい人間の顔に擬態することができるんだ。まぁそれでも、外に出た時にはもう何年もの時が過ぎていたから、探すのは大変だったけど」


再び手をかざす白神。今度は怜の顔。


「この力と、人の存在を消し去る力。これを使って、僕の望みが叶えられないか、そればかり考えていた。終末病もその為だけに行った。噂を流して、集まってくる人間達を次々と飛ばしていった。

終末病というのは、僕自身がこの闇に閉じ込められた経験から名付けた名前だ。

いい名前だろ、どうせ楽して消えようって人間達しか集まらないんだ。

そして渡った先は永遠が続く地獄の世界。お誂え向きだ。


手段としては、相手の同意を得ることで、共にあちら側へ渡る。

此処と違って、何もないってわけじゃない。僕の力で渡る世界は。

そうだな…生き物がいなくなっただけのパラレルワールドみたいなものだね。

そうして、他に誰も居ない世界で、その人間の一番大事な人間に擬態して、僕は問い質した。

人と愛し合うとは、どういうことなのか。

僕が縮められなかった、埋められなかった距離がなんなのか。


でも、何も得られなかったよ。僕が納得する答えを出してくれる人間は誰もいなかった。

そいつらはみんな、その世界に置き去りさ。


…これほどの力だ、なんだって出来ると思うけど、そんな事に興味はなかった。僕はただ、あの日怜が拒絶した、僕が埋められなかった距離の正体を知る為だけに、続けていた。


結局僕は、怜自身に答えを聞くしか無いと思って、怜に近づいた。

古澄には怜に化けて、絶望を煽ってやった。心の弱い人間だった。

大した手間をかけることもなく、自ら怜の側を離れていった。

そして僕は古澄に擬態して、怜と共に過ごした。至福の時間だった。僕はあの時手に入れられなかったものを、ようやくこの手に掴めると思った。でも、怜はあの時と同じように、僕を拒絶したんだ。古澄になっているはずの僕をね。それからのことは、貴方が知る通りだ。

あれから、仕切りに怜の中に入ってくる貴方を見ていた。

僕には干渉することが殆ど出来なかったから、見ているだけだったけどね

ここに入ってくる前、見せてあげると言ったのは、僕の力によるものじゃないんだ。

彼女は夢の中でアレを繰り返していた。ちょうど貴方が来た、それだけの事だったんだ」


あらかた話し尽くしたようだ。不明な点もほとんど解消された。


しかし、そうか白神。お前はまだ分かっていないんだな。



「…私の事は、その『力』を与えた奴から聞いたんだな」



「力をくれた男は言ったよ。

思うがまま、自由に使っていい。但し、力を行使すればやがて調停者が現れると。

それが貴方、ライブラ-C。神様という名の能力者の集団、それらの模造品。

この世界に本当の意味での神様がいないって事実は、結構衝撃的だったよ」



台詞とは裏腹に淡々と話す顔のない男。



「そうだな、確かに、神様なんてのは存在しないよ。全知全能の神様なんてのは。

救いも、奇跡もない。ここにあるのは必然だけだ。そして」



そう、救いなんてものはない。

犯した罪は償わなければならない。

これからお前を殺す私も、同じように。


「全てを話してくれた礼だ。白神…今度のお前は私が殺すよ」


両袖から射出させた一対の双剣を構え、影に肉薄する。


すっと間合いを取る白神。元の顔のない姿に戻っていた。


「意外と律儀な男だな。怜の顔でも使って襲ってくるかと思っていたよ」


白神は身動き一つせず、呟く。構えた剣を振りかぶる。あと一歩。



「…飛べ」



…ガシャンッ

突き出した肘から先が消失する。握っていた腕が消失し転がり落ちる短剣。


「!…ッッ!」


詩子はそのまま勢いを殺さず、振り返りざまにもう片腕の剣を白神の胸めがけ突き刺した。


「…痛みは…ないのか…ただの、人間だって聞いてたけど、話が…違うな…」


突き刺した胸からは、黒い泥が吹き出していた。


「痛いさ…腕が一本飛んでるんだぞ。ただ、お前が手加減してくれたお陰で、お前を殺せた」


力なく崩れ落ち、何もない空を見上げる白神。泣いているようだった。


「…何故、加減した。あの力なら本気でやれば、私を殺しきれた」


「…怜が、謝って…くれ…たんだ」


…怜。

任せておけと大見得を切ったのに、助けられてしまった。立場が無いな。



白神の身体が薄れていく。


「白神、お前に足りなかったもの、今でもわからないのか?」


力なく首を横にふる。そうか。


「お前の罪の代償だ。その疑問は、あの世まで持っていけ」


「厳しい…先生だ…でも、もういい」


「怜が、僕の顔…覚えていてくれたから」










「…!……!」


ん…


「…!詩子先生!」


「…怜、ただいま」


涙目の怜が、病室のベッド、怜の身体に突っ伏した私を見下ろしている。


意識が戻ったのだ。



「良かった…私」


「どうやって戻ってこれたんだ…どうしようもなかったんだが…」


怜は私の胸ポケットを指さす。手には紙縒り。


「あ、それ」


怜は笑いを堪えながら、動きを再現するように手首をくねらせる。


「目、醒めるかもなー、って。すごいくしゃみでした」


「……本気でただの紙縒りかよ」


「なんとなく開いたら、こんな文字が」


くしゃくしゃの紙の表面には、大きく『覚醒』の文字。


「…アホらし」


「何言ってるんですか!帰ってこれたのはコレのお陰ですよ!」


「嫌だ…嫌過ぎる…そうだ、怜」


「分かってます。古澄君を止めに行くんですよね」


「ああ。今日は何日だ?」


「日曜です。今はお昼過ぎですね」


「…怜、一緒に来てくれ」


「勿論です。バレたら責任取ってくださいね」


「了解したよ…」





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08.08
Wed





「先生、ちゃんと聞いてます?」


「ああ、聞いてる聞いてる。古澄君との同棲生活な、この惚気め」


怜が彼の事を意識する発言をした後、彼女の意識内の世界はその時間を加速度的に早めていった。

厳密に言うと、その発言の翌日が今日だ。

怜の話では彼女らはすでに一緒に暮らしていた。今更ながら人の意識の中というのはとんでもないものだ。たった一晩で一年の夢を視る事もあるというが、視ているこちらは面食らう。

肌寒かった季節は春をすっ飛ばし、あっという間に夏になり、冷房の無い診療所の中は酷く暑苦しい。

現実世界でも設置すれば反映されるだろうか…暑苦しくて適当に束ねた髪もうっとおしい。

だがそんな猶予はとっくに無くなっていた。


次の終末病が起こるまで、もう2日しか残されていない。



「流石というかなんというか、すっかり明るくなったな」


「オシャレしたって言うより、今日は単純に暑いんで。なんでここ冷房無いんですか~…?」


淡い浅葱色のチュニックワンピに1枚羽織った格好が涼しげで可愛らしい。しかし…


「丈、短過ぎないか?」


「酷暑ですからねえ…」

バサバサとスカートの端を摘んで仰ぐ怜。お前は女子高生か。…まさか私が年寄りなのか。


「先生はいつもと変わらないですねー」


見えるか見えないかで仰ぎ続ける怜。コイツめ。


「着けてないからな。涼しいぞ」


「え!?」


「くくく、冗談だよ。同じように見えるが生地の薄い物を着ているんだ。制服みたいなもんさ」







「よし、怜。今日はこれでお開きだ。私はこれから用事がある」



もう時間がない。


はじめ私は、怜が自らの力で目覚めてくれることを望んでいた。

終末病の神様であるという自白。繰り返される夢を生きている怜。

そして怜の中で今も存在しているであろう、本物の神様。


もし、この繰り返しも神様の仕業とすれば、元凶を断つしかない。



あの告白を聞いてから、私は目を逸らしてばかりだ。

そんなにも気に入っていたのか、私は。


外はもう陽が暮れ始めていた。


さて、仕掛けに行こう。

仮想の中の診療所で、詩子は戸締りをし、そしてデスクに置かれた紙縒りを見て思い出す。


「あぁ、お守りだとかなんとか言っていたな…こんな紙くずが神様の道具とは堕ちたもんだよ」


胸ポケットに適当に押し込み、診療所の鍵を閉める。


もしかしたら私はこれで最後かもしれないなぁ。







診療所から怜の家までの道のりはさほど離れていない。

ほどなくして怜の姿を見つけたので、後をつける。彼女は真っ直ぐと家に向かっているようだ。

鍵を開け、部屋の中へと入っていく怜。



突然、世界が暗転した…と思ったが、これは高速で時間が流れているのだ。

瞬く間に夜になり星が流れ陽が登り始め、また闇に包まれる。このような現象は…


現れたのか。



『そんなにお望みとあらば、ご覧に入れよう。あの日何があったのかを』



男の声が頭に響く。何巡かした後、辺りはまた暗闇に包まれている。



      !!」



『ほら、始まったよ』



「クソッ!怜!」


怜の部屋から、何やら叫ぶ声が聞こえる。あの日の出来事だと…自殺未遂の事か?

階段を駆け上がり、部屋のノブを捻ると鍵は掛かっていなかった。あの時の再現。風呂場へと飛び込む。


「なんで!!なんで切れないの!!」


あの時のように怜はそこにいた。

怜はカッターを手首に当て、強く何度も切り刻む。実際には全く傷が付いていない。


「怜ッ!」


カッターを持った手を掴むと、怜が俯いたままでこちらを向く。

服に雫がこぼれ落ちた。泣いている。


「先生…どうして」


「忘れ物を、思い出させてやろうと思って来た」


「…?」


さっきの声の主が何を考えているかは分からないが、こうして状況は私が覚悟した、想定していた通りに動いている。

なら、ここで行うしかない。もう、時間はないのだ。

顔をあげる怜の頬に手をやり、告げる。


「前にも、こんなことがあった。私は間に合ってやれなかったが」


「…え?」


こぼれ落ちる涙を拭うこともなく、怜は言われていることの意味も分からずにただ聞いていた。


「君は手首を切って、自殺を図った。幸い、命に別状はなかったが、意識は戻っていない」


「…じゃあ、今の私は、何?うっ…あ」


頭を押さえる怜。事実が夢を侵食し始めたのだろう。


「君は、夢を視ている。君にとって都合のいい、優しくて悲しい夢をな」


「う…うっ、ああああああああッッッ!!!!」


頭を強く押さえ、叫ぶ怜。


力なく立ち上がる。



「…私は、ここに居たい…っ」



瞬間、世界は暗転した。


「…っ!これが…」


目を開けていたから、何が起きたかは理解できた。

怜の目の前に真っ黒な空間が現れ、それが一瞬広がった後に足元に液体のように滞留している。


これが『暴食』。黒い液体としか表現できないが、この怖気。このざわつきはまさしくあの時感じたものだ。

何倍もの悪寒が、目の前の『力』から発せられている。



「しまった、私…先生!!逃げてください!!コレはダメ…先生も殺してしまう!」


…一歩、踏み出す。

大して広くない空間だ、すぐ目の前に、黒い空間がたゆたっている。



「怜、すまんな。私のワガママで君に辛い思いをさせてしまった」



そのまま怜を抱き寄せる。足元の『黒』に下半身が一気に飲み込まれていく。だが、沈んでいく様子はない。痛みもないし、両足の実感もまだある。

助かった。このまま、話が出来る。強く怜を抱きしめる。


「いやだ…詩子先生が…死んじゃう…」


ふん…。


「構わないよ、そう呼んでも」


「え…?」


「気恥ずかしいんだ、それ。でも、怜がそう呼びたいなら好きにしろ」


ぶんぶんと弱々しく頭を振る怜。


「死んじゃったら、もう呼ぶことも出来ないでしょ…」


「任せろって、言ったろう?まだ忘れているか?」


被りを振る。そうか。


「全部、全部思い出した。詩子先生のお陰だよ」


良かった。

黒いモノは、もう胸元まで侵食してきていた。もうじき飲み込まれる。

殺した、という怜の言葉が、今になって実感出来る。


これは、喰い殺されているんだ。



「安心して目を覚ませ。私はお前の澱みを払ってから、必ず戻るよ」


「先生!」


泣いた顔も中々、魅了するじゃないか。怜。


そして私は、完全に飲み込まれた。









目を開けると、光のない空間にいた。

辺り一面、暗闇の何もない世界に、私は立っている。

手も足も、しっかり付いている。意識が途絶えた感じもなかった。ここは『暴食』の中なのか?



「ようこそ、闇の中へ」


さっきの男の声。

振り返ると、人影がぼんやりと浮かび上がった。淡い光に縁取られている、人の様なもの。

その姿が徐々に鮮明になる。学生服…?


どうやらこちらを見ているようだ。


身体が正面を向いているのでかろうじてそうと分かる。

男の声で話すソレは、顔がなかった。まるで塗り潰されているように黒くもやがかかっている。


「お前が、終末病の神様か」



「僕は白神尋也。お目にかかれて光栄です。神の模造品、『ライブラ-C』」


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08.07
Tue



胸ポケットから煙草を取り出し、一息つく。



ここは現実の診療所だ。

当然、ロイズが依代に使ったぬいぐるみに風穴は開いていない。



話を整理しておきたかった。窓を開けて、外の様子を眺める。



行き交う人々。

夜の街は昼と見紛うほどに煌々と照らされ、客を吸い寄せていく。

反面、繁華街の向こうは闇が広がっている。

申し訳程度に点在する街灯は頼りなく、暗闇は至る所に存在している。


この時代、暗闇に目を凝らしても見えるのは妖の類などではない。


街を歩いていて、何気なく目をやったビルの窓の向こうで飛び散る鮮血。

あの時路地裏の闇に目を凝らさなければ、殺されずに済んだのに。

不用意に目を凝らせば、他人の保身が己を殺す。そんな錯覚。


昔と違い、一人で完結する世界に生きる人間が増えた今、心が孤独であればあるほど絶望は深みを増していく。

離れても近づいても、孤独からは逃れられない。

不安という闇を抱えたまま、その身を摩耗していく。



人は闇を恐れる。だが闇は光の不在を意味しているだけの形のないものだ。

人が言う孤独も、また同じようなものではないか。


他人の心は深山幽谷よりも険しく深淵で、途方もなく手が届かない遥か彼方にある。

だが同時に、もっとも近くに存在するものでもある。



自身の心を照らす光は、自身の内側にあるものだ。

人は皆一人だ。だが人は、孤独のままでも世界と相対し、満たされることが出来る。

自身の強さ、心の光によって。





テレビを点ける。

ちょうど『終末病もどき』の事件を取り上げている所だった。

今回のもどきの主犯は複数犯。みな終末病の信奉者で、全員があの現場で死んだとの事だ。

事件現場からは声明文のようなものが発見されており、内容はこのようなものだった。

「我らは終末神の代行者。絶望に打ちひしがれし者は皆我らが信ずる神の使徒である。

我らは神の御下へと、汚れた肉体を捨て去りその魂の救済を求める」



これは、マズイ。ロイズがわざわざ降りてきたのも無理はない。

声明文を残すだけで引き継ぎを完了する。

これで『もどき』は最初の怪事件となって、世に出ることになった。

誰とも言い合わせる必要もなく、これからも同じように飛び降りが続くのだろう。

絶望に魅入られた人間の数だけ続いていく集団自殺の連鎖。



電源を切る。

今は、私がやらなければならない事をしよう。








情報を整理してみる。


神様の消失と共に起こった、怜の力の発動。

怜の告白。人を殺したと言う怜。だが殺害されたのは古澄ではない。

古澄の証言。怜の過去の殺人。

怜はそれ以来精神を病み、古澄も同様に病んでいった。

怜の力は人を消す。終末病と似ているが、異なる力。


古澄に話を聞いてから、私は怜が殺したという人間の消息を調べてみた。

事件があった年に、その付近で殺人事件は起こっていないが、行方不明になった人間が一人だけいた。


怜の力によって消えた人間は行方不明、いわば神隠しのようにこの世から消失する…

怜はあの日、神様を消した。怜と神様は、共犯だったのだろうか…




「しーちゃんおっす」


「おわあ!」


振り返るとすぐ隣でロイズが今度は実際の姿のまま顕現してそこにいた。小さい体に不釣合いな白衣を纏って、長い髪を無造作に束ねている姿は相変わらずだった。


「驚かせるな!しっかし、なんで普通の姿で…」


「次呼んだら、両耳もがれちゃうでしょ、ソレ」


デスクの上に鎮座するウサギを指すロイズ。あー。


「そんなに呼びたいのか…」


膝から崩れ落ちる気分だ。どういう事に力を費やしてるんだこの神様は。


「怜ちゃんの事だけどね」

「怜ちゃんは夢を視ている。都合のいい夢を。ただ、基本的には時系列に沿って夢を視ているんだよ」


目の前の眼鏡は確信を以ってそう言い切った。

調べてきた、ということか。なら。


「告白の事を忘れているのは、彼女に取って都合が悪いからだな。そして、重要な相談事をした相手として、私は信頼を得た。都合のいい夢のお陰で」


「そう言うと悲しいから、不幸中の幸いということにしようよ」


「時系列に沿って、ということは、まさか」


ロイズは人差し指を立てると知的な笑みを浮かべる。


「やがて彼女は彼を思い出し、そして運命の日は訪れる」


カッコつけても身長が足りてない、とは言わないでおいた。


「それなら、なんとかなりそうだ」


「『暴食』は勿論、夢の中でも発動するでしょう。いざという時の為に、一応保険は掛けておいたよっ!」


そりゃ頼もしい。ロイズは手を差し出すと、手のひらから小さい紙縒りを出現させる。


「なんだこれ。神様の鼻にでも突っ込むのか?」


「お守りだよー。これで多分戻ってこれるよきっと多分もしかしたらねー」


多分2回言ってるからな…。



「んじゃ、健闘を祈ります!さらばっ」


…消えやがった。





さて、残された時間は少ないが、怜の様子次第で仕掛けよう。

次の終末病もどきまでがタイムリミットだ。
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08.05
Sun


1.


さっきから私は、誰もいない診療所の前で行ったり来たり、はたまたしゃがみ込んでみたりと不審な行動を繰り返している。


「先生は今日もお休み…つまんないよ」


先生に出会ってからの私は、この聖部診療所へすっかり入り浸ってしまっていた。

常識的に考えてありえないとは思う。けどこの先生、仕事している素振りが全くないのだ。

まるで患者が私しかいないみたいに(ありえないけど)いつ来ても客は誰もいない。

でも流石に迷惑じゃないかなと、一度先生に聞いてみたことがある。


「気にするな。私は暇だ!」


…この人の将来が心配だ。



今日、聖部診療所は休診日となっている。私が患者として訪れる時はいつも開いているが、遊びに来るとたまに不定期の休みを取っている。診療所件自宅らしきこの建物の中には、今は人がいる様子はない。


ガチャッ


「!」


思わず身構えてしまう。誰も居ないと思っていた診療所のドアが開いた。でも…


「…?先生?」

「しーちゃんはお休みだよー」


…少しだけ開いたドアの隙間に、人影はない…どこから声が?しかし変わった声だ。


「こっちこっち」


下の方から声が聞こえる。視線を下の方へ…


「ひぃ!」


…いた。何かいる。何か変なのいる!


「失礼だねー君。怜ちゃんがそんな子だったとは私がっかりです」


ウサギのぬいぐるみらしき物体は酷く不満気にこちらを見上げる。

何でこんなに馴れ馴れしいんだコイツは。しかし私の名前を知っているとは驚きだ。

これは…


「先生ってもしかして、魔法使いだったりする?」

「発想がファンタジーだねー怜ちゃん。そんなわけないでしょー。しーちゃん無能だし」


無能…てかしーちゃんて。


「ま、入った入った。あ、それとお願いが一つあります」


手招きしながらウサギが何か喋っているこの状況はファンタジー以外の何物でもないんだけど。


「なんでしょうウサギさん。私人参なんて持ってませんよ」

「怜ちゃん、ウサギに人参やり過ぎると下痢するよ。じゃなくて」


「抱っこしてくれ!」


…。


謎のウサギを抱えて、私は診療所の中に案内される。

実際に抱き抱えてみると、見た目はどうやらただのぬいぐるみだ。特に生き物の暖かさなんかも感じない。口も動かない。どっから声でてるんだ。コレはあれか、宿っちゃったのか。そんなに古いものには見えないけど。


「怜ちゃん抱かれ心地最高だよー。特におっぱ」


ビスッ

耳と耳の間にチョップしてやる。


「落とすよ?」


「スミマセンでしたー」


うわ、反省してねえ。





すっかり特等席になったソファで、私はウサギに話しかける。シュール。

だが返事は返ってくるので問題ない。


「しーちゃんって…詩子先生の事?」


「詩子だからしーちゃん。でも呼ぶと超怒るよ怖いよー」


そういえば最初詩子先生って言った時、ちょっと嫌そうな顔してたかも。

うたこでもダメなら、名前自体、好きじゃないのかな。


「今日はしーちゃん忙しいので、私がお相手致しますよ」


「それはどうも。っても、特に何もないなぁ」


振り返ってみれば、いつも適当にダベっているだけだったのだ。

突然代理と言われてもなぁ。


「…ねぇウサギさん、お名前は?」


「私はライブラのロイズ。以後よろしくねー」


「んー、ロイズって男の子?女の子?」


ウサギのぬいぐるみのロイズは腕組みをしながら、

「一応性別は女ですよー」と答えた。

一応ってなんだ。


「…ライブラってこの診療所の名前だよね。ロイズちゃんは従業員さん?」


ロイズは首を傾げるとハッとしたように(多分)言った。


「しまったー、まぁいいかー」


「?」


「『ライブラ』って名称はねー、むかしむかーしに存在した組織の名前から取ってるのです」


組織?ライブラリアンとか…司書さん?


「怜ちゃんは神様の存在を信じるかな?」


うわ、胡散臭い。


「トイレの時とか、信じてるよ」


「ぶっちゃけるねー。ライブラってのは、神様達の組織なのさ」


「神様の組織?神様が何人もいるの?」


そんな神話、聞いたこと無いけど。


「神様って言っても、万能じゃないのです。最初の神様は万能といってもいい位の力を持っていたけど、世界を全て管理することは出来なかったの」


神妙に語るウサギ。シュールだなぁ。


「それで、神様は自分を7つに分けて、それぞれに力を分け与えて、複数で世界を管理することにしましたー」


「へー。それで、なんでライブラなの?」


「まだ説明の途中だよーこのせっかちおっぱ」


ビスッ


「動物虐待はんたーい」


ぬいぐるみの分際で何を言う。ソレをいうならこっちはセクハラ反対だ。


「イタタ…そんでね。世界の均衡は保たれていったのです。いつしか自身達を、均衡を保つ者、天秤の調停者と称し、組織はライブラと呼称されるようになっていきます」


「ライブラって、なんだろ、天秤座だとしてもリーブラだよね」


「うーん、なんだっけ、膨大な知識と、天秤から取った造語だとか何とかって爺さんが言ってた」


ウサギのおじいさんは物知りか。おじいさんも喋るのかな。見たい。


「ライブラの由来は分かったよ。じゃあ、ウサギさんやっぱりここの従業員さんって事?」


「ん、まあそういうことにしておいてちょーだい。そいでね」


まだ続きがあるらしい。


「神様達はある時、とんでもないものを生み出しちゃうわけ。それが8番目の神様」


「7人じゃ足りなかったの?」


「人が増え過ぎて、とうとう力が及ばなくなりつつあったんだね。それで新たに神様を生み出そうということになったのさー」


「でも何の因果か、8番目の神様は、あらゆる人の負の感情を持って生まれてしまったのね。その力は7人の神様達を凌駕する圧倒的なものだったのです」


「神様の内ゲバに発展するの?」


「内戦というか一方的だったけどね。そんで、神様達は世界の均衡どころの騒ぎじゃなくなった」


…なんかファンタジーです。ゲームかなんかの話なんじゃないかと思えてきた。


「神様達は傷ついた身体から最後の力を振り絞って、自分達の模造品、コピーを作ってね、ある力を与えたの。その代償として、他に何も持たない無能力者として、彼女は生まれた」


力を与えられた無能力者。意味が分かりかねる。

ウサギの話は淡々と続いていく。


「その模造品を使って、見事8番目を封じることに成功したのでしたー」


「…え?終わり!?」


「終わりでーす」ウサギはおどけてみせる。コイツ。


「神様はどうなったの?8番目は?」


「神様達は模造品が無力化した8番目を封印した後、力を失って眠りにつきましたー。今この世界には神様は存在しません」

「封印された8番目の神様は、どうなったんだろうねぇ。以上。ご清聴ありがとーございましたー」


色々と腑に落ちない。まあ神話なんてそんなものなのかもしれない。

模造品はどうなったんだろう。

ロイズは手を差し出す。これは握手かな?ふにふにした手に自分の手を重ねる。


「お近づきのあくしゅー」


今更?ロイズの精神年齢は一体。



「それにしてもしーちゃんはいいね。私も呼んでみたい」


「怜ちゃんならきっと呼ばせてもらえるよ、しーちゃんのお気にだからねー」


ほうほう。お気にとな。




「おい…何をやってるウサギ」


「おお、おかえりしーちゃ」


ガッ


「おーおー手が滑った」


「み、耳に穴が…風穴が…」


…よし、呼ぶのは止めておこう。


「次言ったら両耳ちぎってなんだか分からないぬいぐるみにしてやるからな」


「申し訳ございません」


土下座するウサギ。なんだこれ。









怜をもう遅いからと帰らせたあと。


「なんでお前が来てるんだよ」


目の前のウサギは腕を組んでデスクの上でふんぞり返っている。耳の風穴が痛々しい。私がやったのだが。


「詩子、ちょっとマズイね。事件が顕在化しちゃったのはいただけないなー」


「終末病の模倣犯か。あれは私達が関与するべきじゃないだろう?」


ロイズは目を細め(多分)神妙な面持ちで(多分)口を開く。


「怜ちゃんにかまけ過ぎたね。『神様』は見つかったの?」


「いや…検討はついているんだが」


口調は知らず重くなる。


「あたし達もね、把握はできていない。それが逆に意味するところ、分かるかな」


「あんたら弱ってるんだからそりゃ見つけられない事もあるんじゃないのか?」


「ふっふっふ、舐めてもらっちゃあ困りますなぁ。これは8番目の力だよ?こっちも全力さね」


カッコつけてもウサギはウサギだ。可愛いだけだ。しかしそうなると…


「ロイズ、神様もどきは多分、『この中』だ」


「なんだ、分かってたの。まあここは怜ちゃんの中に作られた君の結界みたいなもんだから、彼に感知されることはないだろうけど」


私もヤキが回っていた。

怜の神様否定ばかりに気を取られて思考レベルが大幅に低下していた。

ただでさえ並の知識しかない私が焦ってしまってはどうしようもない。

古澄に会いに行ったことは有益だった。お陰で、見ないようにしていた関係性が、確実性を帯び始めた。


「怜の力、あれも8番目の能力とみて間違い無いだろう。人を食らう力。終末病と違って、存在消去までは至らないようだが」


「詩子、君の親としてあたしは忠告しておくけど」


ロイズは私を見て、俯くとこう呟いた。


「あの『暴食』は、君の手に余るよ。君は死なないが、帰ってこれないかもね」




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08.05
Sun


1.




古澄は、柵の向こう側からこちらへ振り返ると、バツが悪そうに口を開いた。


「聖部先生…どうして」


「危ないところだった。君が最後か」


見渡す限り、他に人が居る様子はない。

古澄は、柵の向こうから戻ってこようとはしない。時折下を覗きこむように身を乗り出している。

恐らくは、さっきまで人だったものがその向こう側に転がっているのだろう。


「もしかして…先生、貴方が終末病の神様だったんですか?」


そう思われても仕方がないな、この状況は。


「違うとだけ言っておく。君は-」


突然、古澄は何やら諦めた様子で柵をまたぐとこちらへと近づいてくる。


「残念、渡れるかと思ったのにな」


「…君はさっき、死ぬつもりだった」


頷く古澄。動揺は微塵もない。最初の、あのバツの悪い顔を見せたきりだ。

まるでイタズラがバレた子供のような顔で、私を見ていた。

だが、さっき彼は間違いなく、死ぬつもりだったのだ。

柵の向こう側で今にも飛ぼうとしていた。あの先の骸達と同じように。


「あの人達、みんな信じてたんだと思いますよ。終末病の神様ってのを。

最後に縋った憧れに裏切られて、みんな諦めちゃったんでしょうね」


柵の向こう側を見やる古澄。あの向こうには何人死んでいるのか分からない。


「君が思い留まった理由を、聞かせてもらえるか」


「貴方が来たから…貴方に興味を持ったから、かな」


…。


「要件は何ですか、先生」


「ひとまず、此処を離れよう。あらぬ容疑を掛けられては事だ」


そう、これは既に実在する事件だ。これまでのようにはいかない。

神様の不在は、現実に模倣犯を産んだ。

浅はかだった自身を呪いつつ、この場を立ち去る。








現場は古澄の家から約2,3キロ離れたところにある。

前回までの終末病事件の現場は、決まって同じ場所だった。

市街のとある大きい公園の隅、茂みの奥でそれはひっそりと大胆に行われていた。


だが今回は違った。終末病は郊外の隅、廃ビルの屋上へとその決行場所を移し、とうとう本物の事件となってしまった。これからは毎回、場所を移して沢山の人間が飛び降りていくだろう。歯止めの効かない絶望。

模倣犯の出現は考えていたが、それがこんな形で現れるとは予想だにしなかった。

改めて思う。この街には絶望が溢れている。


今晩はもう、諦めたのか私の言うことに従う素振りを見せる古澄。

私は彼を家まで送り届けることにした。彼は何も言わずに車に乗り込む。


彼は何やら考え事をするように、まだ暗い外の景色をぼんやりと眺めていた。


「…先生、僕に何か用事があったんじゃないんですか」


…用事はある。だが、古澄には先に確認しなければならない事がある。


「人にはそれぞれ、理由があるだろう。死ぬ理由もまた、人それぞれだ。理由は聞かんよ」


「…」


「だが、何故終末病なんだ。死ぬ方法は幾らでもあるだろう」


「噂で、聞いたんですよ。消えた人間は、その存在そのものが無かった事になるそうです」

「それって、すごい理想的な死に方なんですよね。全部無かった事に出来るんですから」


古澄は淡々と話を続ける。


「僕は、何にも執着できないでいるんです。

好きな事も、嫌いな事も、どうでもいい。そして、生きることも、死ぬことも」




「何にも興味がないってわけじゃないんです。好きな事には没頭できるし、好きな人を愛することも出来る。でも」

「突然、どうでもよくなっちゃう瞬間があって、それで何もかも、捨ててしまいたくなるんです」

「前の仕事を辞めて、怜と別れて、新しい職場でどうにか慣れ始めた時でした」

「終末病の噂を聞いたのは。それでです。これにしようって思ったのは」


彼には大層魅力的に思えたのだろう。

終末病の噂の広まり具合は異常だったが、そこまでの信ぴょう性を帯びたものではなかった。

彼は-


「君は、本当に終末病があると、思ったのか?」


「そこはどうでも良かったんです。あればいいや、位に思って、調べて、あそこに辿り着いた。そうしたら、結局はただの集団自殺だった。神様なんて、どこにもいなかった。そりゃそうですよね」


これは、どうにも分が悪いかもしれない。


「…君に頼みたいことがある」


「怜の事でしょう?」


察しがいいことだ。私と彼との接点はソレしか無いのだから当然ではある。


「怜の意識が戻った時、君が居なくては話にならない」


かぶりを振って、呆れるように古澄は言う。


「怜がそれを望んでるとは思えませんが」


「断言する。怜は君を必要としているよ」


特に何を感じた様子もなく、彼はただ窓の外を見ていた。


「あと1週間」

「それまでに、怜の意識は必ず回復させてみせる」



「それまでは、死なないでほしい」


黙って聞いていた古澄は一つため息をつくと、

「わかりました。それからのことは、その時に決めることにします」


古澄の家に到着した。


「一つ確認したいことがある」

「何でしょう」

「君は、怜に暴力を振るったことがあるか?」

軽く笑いながら古澄は答える。

「聞きにくいことをハッキリと聞いてくれますね。暴力を振るったことなんてないですよ。信じる信じないは、貴方にお任せします。それに」

「自称殺人者とはいえ、あの子は女の子です。男が手を上げるわけにはいかないんですよ。テンプレみたいな回答で、すみません。でもこれが本心です」


「そうだ、先生」

「ん?」


アパートの階段を登りかけていた古澄がこちらを向いている。


「僕が神様だとは思わないんですか?」


ああ、そのことか。


「終末病の神様は存在する。今は消えて模倣犯による集団自殺に切り替わったようだがな。そして君は模倣犯の主犯でもない」

「何故」

「模倣犯は恐らくその場で死ぬ。これまでは実際に事件が起きていないから、噂だけが浸透していた。だが、模倣犯が生きていればいずれは捕まるだろう。そして君は帰ってきた。次は別の模倣犯が別の場所で同じような事件を起こすだろうがな。それと」

「私の勘だよ」





古澄が部屋に入ることを確認し、ひとりごちる。


「来週の終末病もどきで、彼はまた飛ぶだろう。怜…君は」


古澄に成り代わった誰かを、気づかないまま殺したのか?



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