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07.22
Sun
1.



 おかしな診療所だ。怜は心の中で何度も思う。

先生自らドアを開けて迎えてくれるとは思わなかったので、挨拶がてら思わず笑顔で気安い事を口走ってしまったが、いざ案内されてみると胡散臭さが増す。

この診療所、ちょっと煙草臭い。どうやら換気はしたようで仄かに残り香が感じられる程度だが、カウンセリングしようという人間が診療所内で喫煙するものだろうか。

その上ゴチャゴチャしていてどこに何があるのかひと目では分からない。

思わずすんすんと匂いを嗅いでいた私を見て、

「煙草臭いかな?悪いね、どうにも我慢できなくてな。つい」

あはは、と乾いた笑いを漏らした聖部詩子。意外と不精な人のようだ。非常識ではあるが、他に客はいないし、この診療所にはそもそも待合室がなかった。仮に完全予約制だとしても待合室くらいあるのでは…と訝るが、まぁそれはここの事情だ。
何より他に人が居なくてよかった。それより突然押しかけたせいで慌てさせてしまったかもしれない。

「すいません、突然押しかけてしまって」ひとまず謝っておく。

「いや、歓迎するよ。見ての通り変な診療所だがまぁ、適当に腰掛けてくれ」

特に気にする素振りもなくデスクの椅子に腰掛ける。

「そこのソファがオススメだ」

デスクの前に設えられたソファを指す先生。高そうなソファだがオススメされたので座ってみる。すっごく柔らかい。思わず寝入ってしまいそうだ。

「すごいフワフワです。寝ちゃいそう」

「気に入ったようで何より。なんなら別に寝ても構わないよ」と笑いながら先生は雑誌を読み始める。


…なんというか、私は此処に何をしに来たのか忘れそうになる。

ここは居心地がいい。印象が目まぐるしく変わり行き着いた先は、そういう感覚だった。


最初私は、助けを求めて此処に来た。その助けとはカウンセリングではなかったんだろうか。出会ったばかりのはずの先生と私の距離は、何故こんなにもあっけなく縮まっているのか。何故こんなにも穏やかにしていられるのだろうか。
私が求めたのは新しいきっかけと、私に合った薬だった。…いや、違う。

私は。


物思いに耽る私を、先生が見つめる。

「…君は今、何がしたい?」

何がしたい?私は…私はまどろむ頭を巡らせて、改めて決意を固めた。

「私は…」

今この場は、懺悔の空間だ。

心地いいソファに身を委ねて、まどろんでいた私。

この気持ちよさをかなぐり捨てて、何もかもを吐き出してしまいたかった。





「私は、人を殺しました」




「きっと信じてもらえないだろうけど、私は人を殺したんです」




「好きだったのに、殺してしまったの」



言ってしまった。

私は、この浮世離れした女性に何を期待しているのだろう。
信じてくれるだろうか。これは異常者の戯言だ。だけど、期待することをやめられない。

詩井怜はどうしようもない孤独の中、そう告白した。








2.


「どう殺した」

詩子は怜の告白を一語一句確認するように心の中で繰り返すと、冷静に切り出した。

「え…?」

怜は先ほどまでのまどろんでいた瞳をしっかりと開け、しかしこちらの返事が意外だったのか、落ち着いた表情で静かに話し始めた。

「…終末病って知ってますか、先生」

「ああ…絶望すると神様が向こう側に渡らせてくれるという、今流行の噂だな」

まさか怜の口から終末病の話題が出てくるとは思わなかった。

「そうですね…そう、その神様が、私なんです」





「それで人殺しか」

終末病の犯人だから、『きっと信じてもらえない』か。

向こう側に渡った人間は人の記憶からも消える。その歴史も消える。事件自体が無かった事になる。

しかしそれなら、怜は何故大好きだったという彼の事を覚えているのか。
神様は忘れないとでもいうのか。仮にそうだとすればとんだ代償だな、と思う。


怜は何気ない世間話をする様に話している。抑揚もあるし時に笑顔も見せる。

だが目は笑っていない。これは彼女なりの懺悔なのだろう。


「先程君は、好きな人を殺したと言った。渡らせたのか。向こう側に」


調べでは怜の恋人、同棲相手は既に離別していた。それはここ最近の話ではない。少なくとも半年以上前の話だ。時間は足りなかったが確かにそのはずだった。


「…彼が仕事を辞めて、2ヶ月が経った頃です。仕事が見つからなくて、もともと貯蓄もなく身寄りもない彼の精神は破綻しつつありました」

「…」頷いて先を促す。

「私は彼に、酷い暴力を振るわれていました…ある時彼は、私を…」

言葉に詰まったようだ。無理もない。

「…殺されると思った私は、彼を、彼より早く殺してしまったんです」





詩井怜の告白はそこで終わった。彼女は今はもう力を失った瞳で、こちらを見つめている。

一呼吸おいて、口を開く。

「…信じるよ」

「先生なら、そう言ってくれると思いました。なんか、浮世離れしてるから」

殺人の告白をしたというのに、安堵の表情を浮かべる怜。

異常者扱いされる事を恐れていたのかもしれない。

「ただし、な」

疑問は残る。限りなく黒に近いがグレー。二、三尋ねる。

「君は渡った人間の事を覚えているのか?彼以外でだ」

「いえ。渡ってしまえば、その人がこの世界にいた事実自体が無かった事になります。私も当然、覚えていられません。ただ、人を消したという認識だけは残っている」

終末病の原理は合っている。しかし、神様も忘れてしまうのか。

「いずれ、彼がいた事も忘れてしまうと思います。だから-」

誰かに、知っておいて欲しかったか。仕方ない。



「私はな、個人的に終末病を追っていた」


「え…」

目を丸くする怜。

「私の見解では、君はまだグレーだ。先ほどの言葉は信じるが、君を終末病の神様と信じるのとはまた別の話だな」

「だって!現に消えてるんですよ!人が沢山!私が殺したのに!」

立ち上がって叫ぶように訴える怜。

「君が神様だとして、前回起こしたのはいつだ。勿論覚えているはずだ」

「最後に行ったのは、ええと…」

「止めた理由は覚えているか」

狼狽える怜。手首を切って意識不明に陥った彼女は恐らく覚えていない。

自殺しようとしたその日が本来であれば決行日だった。
今までの話から、首謀者が手首を切っていたから未遂に終わったと考えるのが妥当ではある。

だが、彼女の感覚なのかどうかまだはっきりとは判断出来ないが、表現がオカシイ。

渡らせた人間を殺したと呼ぶのは、どうにも違和感がある。

消し去ったのほうが、合っている。覚えているわけでもないのなら、尚の事だ。


「ひとまず、落ち着け。私は君の殺人の告白は信じよう。

ただ君が神様だというのは保留にさせてほしい。神様探しは、私の仕事だ」

「…」怜は俯いて、ただ黙っている。

「君の真実は、私が明らかにする」

彼女にはきっと空虚に響いたに違いない。が、今はソレぐらいしか言ってやれない。

空気を入れ替えよう。立ち上がって後ろの窓を開ける。もうすっかり暗くなっていた。

「それまではここに通うこと。普段どおりでな。ひとまず、告白の件は私と君の秘密だ。それと、今日は薬を出しておくから。帰ったら飲むように」

「先生…」

どうしたらいいのか分からないといった顔で、怜はこちらを見つめる。


「大丈夫、まかせておけ。今日会ったばかりの私によくここまで話してくれた。ありがとう」

「不思議ですね、私、告白したら、死のうと思ってたんですよ」

物騒な事を言う。深層意識の中で、死ぬことは出来るのだろうか。

「でも、すごく非常識なんですけど、肩の荷がおりた気分です」

「ああ。抱え込むには大きすぎる荷だよ」


「ありがとう、詩子先生」

疲れた笑顔で礼を言う怜。詩子先生はやめろと言いそびれた。





もし、神様が別にいるとするなら、現実世界では渡りが行われる可能性はまだある。

だとすれば、あと5日後にまた、無いはずの事件は起こる。

怜が行った殺人、離別したはずの彼と、同棲が続いていたという事実。

現実世界で、ひとまずその彼を追ってみることにしよう。



陽はとっくに沈み面会時間はとっくに過ぎていた。

結界を張って病室の認識をずらしておいて正解だった。
幸い点滴はギリギリ残っている。ナースコールを鳴らし、その場を後にする。

気味悪がられるだろうがまぁ、しょうがない。後は任せる。

看護師達が慌ただしく怜の病室へ行くのを確認した詩子は、病院を抜け出した。
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