--.--
--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

08.05
Sun


1.




古澄は、柵の向こう側からこちらへ振り返ると、バツが悪そうに口を開いた。


「聖部先生…どうして」


「危ないところだった。君が最後か」


見渡す限り、他に人が居る様子はない。

古澄は、柵の向こうから戻ってこようとはしない。時折下を覗きこむように身を乗り出している。

恐らくは、さっきまで人だったものがその向こう側に転がっているのだろう。


「もしかして…先生、貴方が終末病の神様だったんですか?」


そう思われても仕方がないな、この状況は。


「違うとだけ言っておく。君は-」


突然、古澄は何やら諦めた様子で柵をまたぐとこちらへと近づいてくる。


「残念、渡れるかと思ったのにな」


「…君はさっき、死ぬつもりだった」


頷く古澄。動揺は微塵もない。最初の、あのバツの悪い顔を見せたきりだ。

まるでイタズラがバレた子供のような顔で、私を見ていた。

だが、さっき彼は間違いなく、死ぬつもりだったのだ。

柵の向こう側で今にも飛ぼうとしていた。あの先の骸達と同じように。


「あの人達、みんな信じてたんだと思いますよ。終末病の神様ってのを。

最後に縋った憧れに裏切られて、みんな諦めちゃったんでしょうね」


柵の向こう側を見やる古澄。あの向こうには何人死んでいるのか分からない。


「君が思い留まった理由を、聞かせてもらえるか」


「貴方が来たから…貴方に興味を持ったから、かな」


…。


「要件は何ですか、先生」


「ひとまず、此処を離れよう。あらぬ容疑を掛けられては事だ」


そう、これは既に実在する事件だ。これまでのようにはいかない。

神様の不在は、現実に模倣犯を産んだ。

浅はかだった自身を呪いつつ、この場を立ち去る。








現場は古澄の家から約2,3キロ離れたところにある。

前回までの終末病事件の現場は、決まって同じ場所だった。

市街のとある大きい公園の隅、茂みの奥でそれはひっそりと大胆に行われていた。


だが今回は違った。終末病は郊外の隅、廃ビルの屋上へとその決行場所を移し、とうとう本物の事件となってしまった。これからは毎回、場所を移して沢山の人間が飛び降りていくだろう。歯止めの効かない絶望。

模倣犯の出現は考えていたが、それがこんな形で現れるとは予想だにしなかった。

改めて思う。この街には絶望が溢れている。


今晩はもう、諦めたのか私の言うことに従う素振りを見せる古澄。

私は彼を家まで送り届けることにした。彼は何も言わずに車に乗り込む。


彼は何やら考え事をするように、まだ暗い外の景色をぼんやりと眺めていた。


「…先生、僕に何か用事があったんじゃないんですか」


…用事はある。だが、古澄には先に確認しなければならない事がある。


「人にはそれぞれ、理由があるだろう。死ぬ理由もまた、人それぞれだ。理由は聞かんよ」


「…」


「だが、何故終末病なんだ。死ぬ方法は幾らでもあるだろう」


「噂で、聞いたんですよ。消えた人間は、その存在そのものが無かった事になるそうです」

「それって、すごい理想的な死に方なんですよね。全部無かった事に出来るんですから」


古澄は淡々と話を続ける。


「僕は、何にも執着できないでいるんです。

好きな事も、嫌いな事も、どうでもいい。そして、生きることも、死ぬことも」




「何にも興味がないってわけじゃないんです。好きな事には没頭できるし、好きな人を愛することも出来る。でも」

「突然、どうでもよくなっちゃう瞬間があって、それで何もかも、捨ててしまいたくなるんです」

「前の仕事を辞めて、怜と別れて、新しい職場でどうにか慣れ始めた時でした」

「終末病の噂を聞いたのは。それでです。これにしようって思ったのは」


彼には大層魅力的に思えたのだろう。

終末病の噂の広まり具合は異常だったが、そこまでの信ぴょう性を帯びたものではなかった。

彼は-


「君は、本当に終末病があると、思ったのか?」


「そこはどうでも良かったんです。あればいいや、位に思って、調べて、あそこに辿り着いた。そうしたら、結局はただの集団自殺だった。神様なんて、どこにもいなかった。そりゃそうですよね」


これは、どうにも分が悪いかもしれない。


「…君に頼みたいことがある」


「怜の事でしょう?」


察しがいいことだ。私と彼との接点はソレしか無いのだから当然ではある。


「怜の意識が戻った時、君が居なくては話にならない」


かぶりを振って、呆れるように古澄は言う。


「怜がそれを望んでるとは思えませんが」


「断言する。怜は君を必要としているよ」


特に何を感じた様子もなく、彼はただ窓の外を見ていた。


「あと1週間」

「それまでに、怜の意識は必ず回復させてみせる」



「それまでは、死なないでほしい」


黙って聞いていた古澄は一つため息をつくと、

「わかりました。それからのことは、その時に決めることにします」


古澄の家に到着した。


「一つ確認したいことがある」

「何でしょう」

「君は、怜に暴力を振るったことがあるか?」

軽く笑いながら古澄は答える。

「聞きにくいことをハッキリと聞いてくれますね。暴力を振るったことなんてないですよ。信じる信じないは、貴方にお任せします。それに」

「自称殺人者とはいえ、あの子は女の子です。男が手を上げるわけにはいかないんですよ。テンプレみたいな回答で、すみません。でもこれが本心です」


「そうだ、先生」

「ん?」


アパートの階段を登りかけていた古澄がこちらを向いている。


「僕が神様だとは思わないんですか?」


ああ、そのことか。


「終末病の神様は存在する。今は消えて模倣犯による集団自殺に切り替わったようだがな。そして君は模倣犯の主犯でもない」

「何故」

「模倣犯は恐らくその場で死ぬ。これまでは実際に事件が起きていないから、噂だけが浸透していた。だが、模倣犯が生きていればいずれは捕まるだろう。そして君は帰ってきた。次は別の模倣犯が別の場所で同じような事件を起こすだろうがな。それと」

「私の勘だよ」





古澄が部屋に入ることを確認し、ひとりごちる。


「来週の終末病もどきで、彼はまた飛ぶだろう。怜…君は」


古澄に成り代わった誰かを、気づかないまま殺したのか?



comment 0 trackback 0
トラックバックURL
http://kumonoasiato.blog22.fc2.com/tb.php/403-d37dee2b
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。