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08.08
Wed





「先生、ちゃんと聞いてます?」


「ああ、聞いてる聞いてる。古澄君との同棲生活な、この惚気め」


怜が彼の事を意識する発言をした後、彼女の意識内の世界はその時間を加速度的に早めていった。

厳密に言うと、その発言の翌日が今日だ。

怜の話では彼女らはすでに一緒に暮らしていた。今更ながら人の意識の中というのはとんでもないものだ。たった一晩で一年の夢を視る事もあるというが、視ているこちらは面食らう。

肌寒かった季節は春をすっ飛ばし、あっという間に夏になり、冷房の無い診療所の中は酷く暑苦しい。

現実世界でも設置すれば反映されるだろうか…暑苦しくて適当に束ねた髪もうっとおしい。

だがそんな猶予はとっくに無くなっていた。


次の終末病が起こるまで、もう2日しか残されていない。



「流石というかなんというか、すっかり明るくなったな」


「オシャレしたって言うより、今日は単純に暑いんで。なんでここ冷房無いんですか~…?」


淡い浅葱色のチュニックワンピに1枚羽織った格好が涼しげで可愛らしい。しかし…


「丈、短過ぎないか?」


「酷暑ですからねえ…」

バサバサとスカートの端を摘んで仰ぐ怜。お前は女子高生か。…まさか私が年寄りなのか。


「先生はいつもと変わらないですねー」


見えるか見えないかで仰ぎ続ける怜。コイツめ。


「着けてないからな。涼しいぞ」


「え!?」


「くくく、冗談だよ。同じように見えるが生地の薄い物を着ているんだ。制服みたいなもんさ」







「よし、怜。今日はこれでお開きだ。私はこれから用事がある」



もう時間がない。


はじめ私は、怜が自らの力で目覚めてくれることを望んでいた。

終末病の神様であるという自白。繰り返される夢を生きている怜。

そして怜の中で今も存在しているであろう、本物の神様。


もし、この繰り返しも神様の仕業とすれば、元凶を断つしかない。



あの告白を聞いてから、私は目を逸らしてばかりだ。

そんなにも気に入っていたのか、私は。


外はもう陽が暮れ始めていた。


さて、仕掛けに行こう。

仮想の中の診療所で、詩子は戸締りをし、そしてデスクに置かれた紙縒りを見て思い出す。


「あぁ、お守りだとかなんとか言っていたな…こんな紙くずが神様の道具とは堕ちたもんだよ」


胸ポケットに適当に押し込み、診療所の鍵を閉める。


もしかしたら私はこれで最後かもしれないなぁ。







診療所から怜の家までの道のりはさほど離れていない。

ほどなくして怜の姿を見つけたので、後をつける。彼女は真っ直ぐと家に向かっているようだ。

鍵を開け、部屋の中へと入っていく怜。



突然、世界が暗転した…と思ったが、これは高速で時間が流れているのだ。

瞬く間に夜になり星が流れ陽が登り始め、また闇に包まれる。このような現象は…


現れたのか。



『そんなにお望みとあらば、ご覧に入れよう。あの日何があったのかを』



男の声が頭に響く。何巡かした後、辺りはまた暗闇に包まれている。



      !!」



『ほら、始まったよ』



「クソッ!怜!」


怜の部屋から、何やら叫ぶ声が聞こえる。あの日の出来事だと…自殺未遂の事か?

階段を駆け上がり、部屋のノブを捻ると鍵は掛かっていなかった。あの時の再現。風呂場へと飛び込む。


「なんで!!なんで切れないの!!」


あの時のように怜はそこにいた。

怜はカッターを手首に当て、強く何度も切り刻む。実際には全く傷が付いていない。


「怜ッ!」


カッターを持った手を掴むと、怜が俯いたままでこちらを向く。

服に雫がこぼれ落ちた。泣いている。


「先生…どうして」


「忘れ物を、思い出させてやろうと思って来た」


「…?」


さっきの声の主が何を考えているかは分からないが、こうして状況は私が覚悟した、想定していた通りに動いている。

なら、ここで行うしかない。もう、時間はないのだ。

顔をあげる怜の頬に手をやり、告げる。


「前にも、こんなことがあった。私は間に合ってやれなかったが」


「…え?」


こぼれ落ちる涙を拭うこともなく、怜は言われていることの意味も分からずにただ聞いていた。


「君は手首を切って、自殺を図った。幸い、命に別状はなかったが、意識は戻っていない」


「…じゃあ、今の私は、何?うっ…あ」


頭を押さえる怜。事実が夢を侵食し始めたのだろう。


「君は、夢を視ている。君にとって都合のいい、優しくて悲しい夢をな」


「う…うっ、ああああああああッッッ!!!!」


頭を強く押さえ、叫ぶ怜。


力なく立ち上がる。



「…私は、ここに居たい…っ」



瞬間、世界は暗転した。


「…っ!これが…」


目を開けていたから、何が起きたかは理解できた。

怜の目の前に真っ黒な空間が現れ、それが一瞬広がった後に足元に液体のように滞留している。


これが『暴食』。黒い液体としか表現できないが、この怖気。このざわつきはまさしくあの時感じたものだ。

何倍もの悪寒が、目の前の『力』から発せられている。



「しまった、私…先生!!逃げてください!!コレはダメ…先生も殺してしまう!」


…一歩、踏み出す。

大して広くない空間だ、すぐ目の前に、黒い空間がたゆたっている。



「怜、すまんな。私のワガママで君に辛い思いをさせてしまった」



そのまま怜を抱き寄せる。足元の『黒』に下半身が一気に飲み込まれていく。だが、沈んでいく様子はない。痛みもないし、両足の実感もまだある。

助かった。このまま、話が出来る。強く怜を抱きしめる。


「いやだ…詩子先生が…死んじゃう…」


ふん…。


「構わないよ、そう呼んでも」


「え…?」


「気恥ずかしいんだ、それ。でも、怜がそう呼びたいなら好きにしろ」


ぶんぶんと弱々しく頭を振る怜。


「死んじゃったら、もう呼ぶことも出来ないでしょ…」


「任せろって、言ったろう?まだ忘れているか?」


被りを振る。そうか。


「全部、全部思い出した。詩子先生のお陰だよ」


良かった。

黒いモノは、もう胸元まで侵食してきていた。もうじき飲み込まれる。

殺した、という怜の言葉が、今になって実感出来る。


これは、喰い殺されているんだ。



「安心して目を覚ませ。私はお前の澱みを払ってから、必ず戻るよ」


「先生!」


泣いた顔も中々、魅了するじゃないか。怜。


そして私は、完全に飲み込まれた。









目を開けると、光のない空間にいた。

辺り一面、暗闇の何もない世界に、私は立っている。

手も足も、しっかり付いている。意識が途絶えた感じもなかった。ここは『暴食』の中なのか?



「ようこそ、闇の中へ」


さっきの男の声。

振り返ると、人影がぼんやりと浮かび上がった。淡い光に縁取られている、人の様なもの。

その姿が徐々に鮮明になる。学生服…?


どうやらこちらを見ているようだ。


身体が正面を向いているのでかろうじてそうと分かる。

男の声で話すソレは、顔がなかった。まるで塗り潰されているように黒くもやがかかっている。


「お前が、終末病の神様か」



「僕は白神尋也。お目にかかれて光栄です。神の模造品、『ライブラ-C』」


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