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08.12
Sun




世界が割れていく。

逃げ込んだ夢の世界は、終わりを迎えようとしていた。



私は真っ白な光に包まれ、浮いていた。

周りには幾つもの色鮮やかな虹色の光。

光に目を凝らすと、そこには私が写っていた。

他の光にも目をやる。そこには、詩子先生との他愛のないやりとりも浮かんでいる。

ここに閉じこもる前の、何気ない日常の記憶も、沢山。

幾つもの綺麗な思い出の光が私の内を、外を、満遍なく照らしていた。


それらに混じって、古澄君との思い出も浮かんでいた。


なんで、忘れていたんだろう。

頬を涙が伝っていく。


まばゆく光り輝くそれらの向こう。


浮かぶ光の向こう側に、こちらの光に照らされて一層濃度を増した人影が立っている。

ついさっきまで忘れていた、一人の男の影。


いつしか心の奥底に押しやって、全て消し去ったつもりになっていた。殺人の実感だけを残して。



その人影に目を凝らす。



虚ろな瞳で、じっとこちらを見ている。



不安が、抱えきれない。震えが、抑え切れない。

恐怖が心に、仕舞い込めない。


気付けば、目を閉じかけていた。



『任せろって、言ったろう?』





閉じかけていた目が、折れかけた気持ちが、私の心が、前を向く。




…分かってるよ、先生。

私は、私が相対しなければならないモノと、きちんと向き合わなければならない。


もう、全て思い出してしまったのだから。夢は終わったのだから。


無自覚ではいられない。無意識ではいられない。



私が殺した貴方から、今度こそ目を逸らさない。


私が罪だ。私の、罪だ。



怖くて怖くて、見ないふりをして、こんなところに逃げ込んでしまった。

たった一度のごめんなさいすら、言えませんでした。



『ごめんなさい』




怜は白神の影に、ただただ深く、頭を下げた。









「ここも潮時だねー…」


無人となった診療所の前で、ロイズは空を見上げる。

空に走るヒビ割れは、大きなシミのように広がり世界全体を覆い始めていた。

夢の世界の寿命が近い。

詩井怜は自身の罪と向き合い、やがて乗り越えるだろう。

詩子の方は、少し分が悪いかな。色んな意味で。


「まぁ、うまくやってよね、しーちゃん」


私達が生み出した最高のレプリカ。無色の断罪者。










「そうか」


目の前の男は、確かに白神、尋也と名乗った。

それは…


「お前が、犠牲者か」


古澄の話から怜の殺人による行方不明者を調べていた詩子はその名に覚えがあった。

たった一人の行方不明者。


「よく調べたね、古澄に聞いたのかな?怜は自身の殺人経験を彼にしか話していなかったからね」


流暢に話す、顔のない男。

白神、尋也。怜の高校時代の同級生。



「私の事をどうやって知った」


「あぁ、それには少し昔話に付き合ってもらう必要があるね」


悪びれる素振りはなく、怒りも動揺すら感じさせず、白神は淡々と話し始めた。


「僕は、怜の同級生だった。高校の頃の話さ。

僕は怜の事が好きだった。だった、じゃないな、今も彼女の事を愛している。


…当時の彼女は、僕の好意を受け入れた。

楽しくて暖かな時間を共有した。少なくとも、僕は幸せの只中にいた。

彼女も、幸せだったはずだと、言い切ることはできないけれど。


…そうだな、僕らは幾度身体を重ねても、近づけた気がしなかった。

ゼロ距離の隙間を埋められないでいた。それがもどかしかった。


そんな時、彼女は唐突に別れを切り出した。付き合いだしてから、もう1年が経過していた。

ベタだろう?僕は彼女との心のスキマを埋めることが出来なかった」



話は一旦切られ、一呼吸の間が開く。

白神は話疲れたのか、顎があるだろうそこに手をあてがう。


…白神は気付いているのだろうか、その『埋められない隙間』が何なのかを。



「僕は怜に詰め寄った。例え理由が無かったとしても怜の口からソレを聞き出したかった。

ただそれだけだ。僕が抱いていた思いは。怜は何も言ってはくれなかった。


僕は、立ち去ろうとする彼女の肩を掴んで強引に振り向かせ、

気付けば、首を締めていた。…そして、気付いたら此処に居た」


白神は怜の力を呼び覚ましてしまった。自制の効かない力は一瞬で白神を飲み込んだはずだ。


「何もない、真っ黒い空間がどこまでも続いているんだ。ここは。

僕は死んだのだと思った。大方、逆に絞め殺されるかしたのか、僕は力が無かったからね。

あの時は、人は死後も意識が続くのかと、それはがっかりさせられた。

2回目、今回だね。同じように飲み込まれるまで気づかなかったよ。ここは怜の中だった。





後に、どれほどの時が過ぎた頃か、一人の男が現れた」


それが元凶か。無意識に握りしめていた拳。『8番目』の力を持つもの。


「男は、突然現れて僕に選べと言った。

このまま此処で永劫の時を過ごすか、力を手にして外に出るか」



「その代償が、その顔か」


力なく笑う白神。


「そう、僕は力を得て、顔を失った。

その男に聞くまでは分からなかったけど、やっぱり僕はあの時死んでいたんだよ。

正確には、外に出た瞬間、僕の顔はなくなったんだと思う。

外に出た僕には個人という情報が認識されないという制約がついた。

そのかわり」


死者が蘇る事はない。何者でもないもの、現象そのものとして存在する白神。

何者でもない彼は、何者にもなれるというわけか。

顔の前に手のひらをかざした瞬間、彼は古澄希生の顔でそこに立っていた。


「僕は、この力を使って怜を探した。話しかける相手の都合のいい人間の顔に擬態することができるんだ。まぁそれでも、外に出た時にはもう何年もの時が過ぎていたから、探すのは大変だったけど」


再び手をかざす白神。今度は怜の顔。


「この力と、人の存在を消し去る力。これを使って、僕の望みが叶えられないか、そればかり考えていた。終末病もその為だけに行った。噂を流して、集まってくる人間達を次々と飛ばしていった。

終末病というのは、僕自身がこの闇に閉じ込められた経験から名付けた名前だ。

いい名前だろ、どうせ楽して消えようって人間達しか集まらないんだ。

そして渡った先は永遠が続く地獄の世界。お誂え向きだ。


手段としては、相手の同意を得ることで、共にあちら側へ渡る。

此処と違って、何もないってわけじゃない。僕の力で渡る世界は。

そうだな…生き物がいなくなっただけのパラレルワールドみたいなものだね。

そうして、他に誰も居ない世界で、その人間の一番大事な人間に擬態して、僕は問い質した。

人と愛し合うとは、どういうことなのか。

僕が縮められなかった、埋められなかった距離がなんなのか。


でも、何も得られなかったよ。僕が納得する答えを出してくれる人間は誰もいなかった。

そいつらはみんな、その世界に置き去りさ。


…これほどの力だ、なんだって出来ると思うけど、そんな事に興味はなかった。僕はただ、あの日怜が拒絶した、僕が埋められなかった距離の正体を知る為だけに、続けていた。


結局僕は、怜自身に答えを聞くしか無いと思って、怜に近づいた。

古澄には怜に化けて、絶望を煽ってやった。心の弱い人間だった。

大した手間をかけることもなく、自ら怜の側を離れていった。

そして僕は古澄に擬態して、怜と共に過ごした。至福の時間だった。僕はあの時手に入れられなかったものを、ようやくこの手に掴めると思った。でも、怜はあの時と同じように、僕を拒絶したんだ。古澄になっているはずの僕をね。それからのことは、貴方が知る通りだ。

あれから、仕切りに怜の中に入ってくる貴方を見ていた。

僕には干渉することが殆ど出来なかったから、見ているだけだったけどね

ここに入ってくる前、見せてあげると言ったのは、僕の力によるものじゃないんだ。

彼女は夢の中でアレを繰り返していた。ちょうど貴方が来た、それだけの事だったんだ」


あらかた話し尽くしたようだ。不明な点もほとんど解消された。


しかし、そうか白神。お前はまだ分かっていないんだな。



「…私の事は、その『力』を与えた奴から聞いたんだな」



「力をくれた男は言ったよ。

思うがまま、自由に使っていい。但し、力を行使すればやがて調停者が現れると。

それが貴方、ライブラ-C。神様という名の能力者の集団、それらの模造品。

この世界に本当の意味での神様がいないって事実は、結構衝撃的だったよ」



台詞とは裏腹に淡々と話す顔のない男。



「そうだな、確かに、神様なんてのは存在しないよ。全知全能の神様なんてのは。

救いも、奇跡もない。ここにあるのは必然だけだ。そして」



そう、救いなんてものはない。

犯した罪は償わなければならない。

これからお前を殺す私も、同じように。


「全てを話してくれた礼だ。白神…今度のお前は私が殺すよ」


両袖から射出させた一対の双剣を構え、影に肉薄する。


すっと間合いを取る白神。元の顔のない姿に戻っていた。


「意外と律儀な男だな。怜の顔でも使って襲ってくるかと思っていたよ」


白神は身動き一つせず、呟く。構えた剣を振りかぶる。あと一歩。



「…飛べ」



…ガシャンッ

突き出した肘から先が消失する。握っていた腕が消失し転がり落ちる短剣。


「!…ッッ!」


詩子はそのまま勢いを殺さず、振り返りざまにもう片腕の剣を白神の胸めがけ突き刺した。


「…痛みは…ないのか…ただの、人間だって聞いてたけど、話が…違うな…」


突き刺した胸からは、黒い泥が吹き出していた。


「痛いさ…腕が一本飛んでるんだぞ。ただ、お前が手加減してくれたお陰で、お前を殺せた」


力なく崩れ落ち、何もない空を見上げる白神。泣いているようだった。


「…何故、加減した。あの力なら本気でやれば、私を殺しきれた」


「…怜が、謝って…くれ…たんだ」


…怜。

任せておけと大見得を切ったのに、助けられてしまった。立場が無いな。



白神の身体が薄れていく。


「白神、お前に足りなかったもの、今でもわからないのか?」


力なく首を横にふる。そうか。


「お前の罪の代償だ。その疑問は、あの世まで持っていけ」


「厳しい…先生だ…でも、もういい」


「怜が、僕の顔…覚えていてくれたから」










「…!……!」


ん…


「…!詩子先生!」


「…怜、ただいま」


涙目の怜が、病室のベッド、怜の身体に突っ伏した私を見下ろしている。


意識が戻ったのだ。



「良かった…私」


「どうやって戻ってこれたんだ…どうしようもなかったんだが…」


怜は私の胸ポケットを指さす。手には紙縒り。


「あ、それ」


怜は笑いを堪えながら、動きを再現するように手首をくねらせる。


「目、醒めるかもなー、って。すごいくしゃみでした」


「……本気でただの紙縒りかよ」


「なんとなく開いたら、こんな文字が」


くしゃくしゃの紙の表面には、大きく『覚醒』の文字。


「…アホらし」


「何言ってるんですか!帰ってこれたのはコレのお陰ですよ!」


「嫌だ…嫌過ぎる…そうだ、怜」


「分かってます。古澄君を止めに行くんですよね」


「ああ。今日は何日だ?」


「日曜です。今はお昼過ぎですね」


「…怜、一緒に来てくれ」


「勿論です。バレたら責任取ってくださいね」


「了解したよ…」





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