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08.12
Sun






抗えない本能、情動、感情。

一時の衝動が強烈に自身を焼いていく経験があった。

火傷では済まないほどに、その心を灰にするほどの想い。

愛憎入り乱れた止めようのない気持ちの行き先は、破壊衝動。



それが他者に向けば殺人。

自己に向けば自殺となる。


僕は後者の人間だった。


一歩手前で踏みとどまっては、また燃え上がる炎。

僕の人生は、それの繰り返しだった。


それが当たり前だと思っていた。

磨り減った心はいつの間にか元通りになり、

溢れそうになる器の中身はいつの間にか空っぽになる。


負荷を受けた心はリセットされるものだと、思っていた。

だからか、僕はよく忘れる。

人の名前も、顔も、好みも、話した内容も。

昨日と今日の境界もおぼろげなまま、繰り返し続ける。

関わり合っている僅かな他人、家族、僕を知っている人間が、

僕をここに繋ぎ止めている。生きる意義なんて何処にもなかった。

甘えているのだ。僕は。

それでも、それを超えられない。抜け出す術を知らない。

心を開く方法が、分からない。

途方も無く、希望もない作業に思えた。



そんな中、終末病の噂を知る。

僕を取り巻く環境から、全ての僕が居なくなる。

願ってもない話だった。



1週間前の今日、僕は死んだ。天秤は鎖を断ち切って死に傾いた。

最後に縋ったものはあっけなく僕の期待を裏切って、ただ現実だけを見せつけた。

終末病という幻想の消失。

分かりきっていた。僕はその程度の判断能力も欠いていたのだ。



あれから1週間後の今日。


僕はまたこの場所に来ている。

思った通り、封鎖されただけで誰もいなかった。

立入禁止の黄色いテープをくぐり、廃ビルに入る。


不気味に静まり返る荒れ果てたビルの中。

ほんの一週間前、ここで何人もの人が死んだ。

僕もその一部になるはずだった。



僕の選択に待ったをかけたあの女性、聖部詩子は、怜はどうなっただろう。

意識不明の人間をカウンセラーが回復させるなど、荒唐無稽な話だ。

あの人はどんな言葉をもって僕に何を言いに来るのだろう。



『僕はあの廃ビルで待ってます』


『…』


『もし仮に、怜が意識を取り戻すことがあって、

それが間に合うのであれば、もう一度あそこに来てください』


『わかった』


間に合わなかった場合、僕は死ぬ。

そう言うつもりだったが、彼女はソレを聞いてはこなかった。


『それじゃ、次の終末病の時間にお会いしましょう』




階段を上がっていく。通電していないエレベータは使えない。

まるで絞首刑の罪人が登る階段のようだな、と思う。

延々と続く階段を、一つ一つ上がっていく。



屋上へと続くドアを開ける。鍵は掛かっていない。



「!……怜」


屋上の真ん中、怜が立っていた。

病衣一つに身を包み、足元は裸足にサンダル。


「古澄君、お久しぶり」


彼女はそういうと、寂しげに微笑んだ。








古澄君は心底驚いたようで、目を見開いて私を見ている。

先生から事情は聞いている。


「お陰様で、復活しました。詩子先生のお陰。

私、夢を視ていた…古澄君、私の事情も、聞いたんでしょう?」


古澄君は駆け寄ってくると、上着を脱いで私にかけてくれる。

なんで、そんなに優しいのに。君は死んでしまうのだろう。

分かる気がする。でも、駄目だよ。許さない。



「聞いた。何で、そんな事を」


「私ね、貴方を殺してしまったと思ったの」


「…どういう事なんだ」


「私と古澄君は、もう半年位前に別れた。

でも、私は、ついこの間まで貴方と一緒に居たんだ」


古澄君は心配するような目で私を見ている。当然だ。


「あぁ、大丈夫、頭がおかしくなったとかじゃないの。聞いていて。

ある人がね、貴方と入れ替わるように、貴方のフリをしていたの」


古澄君は黙って聞いていたかと思うと静かに口を開いた。


「ある人…?」


「うん、私が、殺してしまった人」


「高校の頃の…あの話か」


覚えていてくれたんだ。私の殺人告白。


「あの話はね、本当の話。

私が高校の頃に付き合っていた、白神尋也という人を私は殺した。

当時、別れを切り出した私に、彼は逆上したの。

そして殺されそうになった私は、『力』を使って、彼を消し去ってしまった。こうやって」


私は『力』を発動させる。

自然と、あの黒い泥が出現する。

私はそこら辺に転がっていたパイプを、その泥に飲み込ませてみせた。


「あんま、驚かないんだね…」


古澄君は動揺する素振りも見せない。結構、覚悟したのにな。


「僕は、幽霊も超能力もあると思ってるほうだから…まぁ、ビックリしたけど」



そういえばそうだったかもしれない。



「…それでね、貴方に入れ替わったあの人は、いつかのように私を愛してくれた。

でも、いつかのように間違ったの。そして私は、愚かにも同じ事を繰り返した」


古澄君は悲しい顔をして私を見ている。


「君は、白神という人を2回殺してしまった。それで」


冷たい風が吹き抜けていく。古澄君のコートが温かい。


「厳密には違うかな。言ったでしょう。

その瞬間、私は貴方を殺してしまったと思っていた。

勘違いとはいえ、私は私を好いてくれた人を、二人も殺した」


沈黙。

古澄君が何を感じているのか、どう思っているのかは、今の私にも分からない。

きっと、そんなものはわかりっこない。


「怜、それで君は、どうする。聞かせて欲しい」


「…古澄君、私と、死んでくれる?」







「それは…駄目だよ」


古澄君は、小さく呟くと柵の方まで歩いて行く。

その後を付いていく。

柵は腰までの高さしか無い。元々屋上の開放を想定していないのだろう。

これなら、私でも飛び越えられる。


「君は白神を、殺したんだろう。なら死ぬ事は許されない」


彼は柵の向こう、下の様子を見ているようだった。


「ここから飛んでも、どこかに行けるわけじゃない。

ただ落ちて死ぬ。何もかもを放棄して、君が犯した罪も放棄して、無責任にただ死ぬんだ」


淡々と、悲しい笑顔で語り続ける。


「僕はね、ただ繰り返す人生に飽きて、変えられない自分に絶望していた。

君と居た時間を思い返して、ただ繋いでいた。一歩手前で踏みとどまってきた。

先週僕はここで生をとうとう諦めたんだ。それを止めたのは聖部先生だ。

君を連れてくると言ってね」


「あの人はこう言っていた。

君は僕を必要としていると。

君が、だけじゃない。

僕も、君が必要だ。


君が僕の、生きていく為の確かな繋がりだ」


振り返ると、そっと私を抱きしめる。彼は泣いていた。


「君に縋るんじゃない。怜、君と一緒に僕は生きるよ。

君が罪を犯したというのなら、僕が一緒に背負う。

ありきたりな言葉で、済まないね」


彼は私を許すわけでも、断罪するわけでもなくただ、寄り添うと言う。

悲しい笑みを浮かべながら彼は私を見ている。

彼はこれから先も続いていく無常の日々を受け入れたのだ。

私の幸せは、この温もりの中にある。


「君を見ている。ずっとこれからも」


ありがとう。








本格的に寒くなった。

冷暖房設備がない診療所はウチぐらいなもんだろう。

しかし。


「お前らは暖かそうだな」


「「え?」」


同時に聞き返す古澄と怜。

デスクの前のソファに座り、一つのマフラーで繋がっている二人。


「お前ら人前で惚気やがってアホか、死ね」


「口悪っ!」


怜も古澄もキツイジョークをなんなく流している。


「人間ってのは、何なんだろうね…」


今回は散々振り回された。煙草を取り出す。

片腕がないってのは本当に不便だ。事足りる事でも無いこと自体が不快だ。



「しーちゃんよっす」


「…何の前触れもなく現れるな。帰れ」


「あれ、機嫌悪い~?」


怜達にわざとらしく聞くロイズ。

最近はすっかり完全に人型で現れる。力の消費だのなんだのは嘘かおい。

こいつはすっかり打ち解けてしまった。

たまに顔を出してはちょっかいを出していなくなる。暇なんだと思う。


ちなみに、怜には素性を話してある。というのも。


「怜ちゃん、君の『暴食』についてなんだけどね」


「え、私そんなに食べませんよ!」


ある日怜が診療所に遊びに来た時のことだった。


「違う違う、君のあの黒い泥の力のことね。

アレについてなんだけどねー」


「暴食、ですか、確かに…っていうか、ロイズさんって一体…?」


待ってましたとばかりに、見得を切るロイズ。声も高らかに、


「私は神様です!」


アホに見える。


「へぇー…それで本当は?」


ほらみろ、怜が気を使ってるじゃないか。お前の頭に。


「疑うのも無理はないなー、よし。しーちゃんアレ使ってみて!」


こっちにお鉢が…


「いいのか?マズいだろ」


「いいのいいのー」


「ふむ…」


私は腰掛けていたデスクから離れ、意識を集中させる。

つやつやの黒いスライムのような物体が、テーブルの上に現れた。


「な、なんで先生が!ってかつやつやしてる!」


驚くのも無理はないか。というか、あんまり見せたくもない。

振り切ったとはいえ、この子のトラウマだ。


「ほら、お前に飲み込まれただろ、私」


「…すいません」



「じゃなくて、あーもう、極端に言えばこれが私の力だ。

相手の能力に触れることで能力を拡張し、自身にもインストールする。

こいつらは、ああロイズ達の事な。私のこの能力をクレードルと名付けた。

コピーと呼ばないのは、能力者自身が能力を失うと私も同様に力が使えなくなるからだ。

だから基本的に私単体では無能なのさ」



「はぁ…それで私の力を、どうするんですか」



目覚めてから、怜は力を自在に使えるようになった。

聞く所によると、あの時、古澄の前で力を使ってみせたらしい。

私が念の為にビルの下で張っていた時に、なんと大胆な事を。



「いやね、しーちゃんにはこういう力の回収をお願いしてたんだけどね。

怜ちゃん、その暴食、しばらく持っててくれないかな。

しーちゃんの力って今、これだけだからさ。親としてはアレなわけよ、不安?」



簡単に色々とぶっちゃけるなおい…



「親って…詩子先生とロイズさんの関係って」



「しーちゃんは、私達の可愛い可愛い子供なのです。神様の分身ね」



「え…ええええー!!詩子先生も神様!?」



あーあ。人間相手になんという事を。



「もう…何が何だか…」


そりゃそうだ。災難だな怜。


「んで、どうでしょうか?ダメでしょうか?」


「…分かりました。元々、この力とは生涯つきあっていかなければならないと、思ってたんで。

それに、これは私の罪ですから」


言葉の内容とは裏腹に、怜の表情に陰りはない。

安心する。



というわけで今に至る。



「ところでさしーちゃん、腕なんとかなったよ。ほれほれちょっとおいで」


「本当か。どれ」



幸福であっても死を選ぶ人間、絶望のどん底でも立ち上がる人間。

白神に足りなかったもの。最後まで気付かずに逝ってしまった。

人の心とはかくも無常であり、人の生はかくも無慈悲に翻弄され続ける。


神様のいない世界で、君達はどう生きて、どう死ぬのか。

私はそれを見ていたい。



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