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01.02
Sun
序章 いつかそこにあった朝の事。





私は、何の為に生きているのかな、なんて。

子供みたいな疑問を繰り返す。

もう23歳にもなって、私は未だ子供のまま。

彼氏もいるし、仕事もある。お金はないけど、今は幸せだと思う。

それでも、なんでか思ってしまう。


どうして、生きているんだろう。

いつまで、生きていくんだろう。




平凡でちっぽけな日常の中で、私は自身の手の届く範囲で生きている。

人並みの幸せと痛みを刺激にして、ループし続ける代わり映えのない日常に身を委ねる。

そしていつしか人並みに、人を好きになった。

身を焦がすほどの好きも、身を切り裂くような嘆きも、

恨み殺すほどの憎しみもそれなりに経験した。

重病で余命1ヶ月の命でもなければ、裕福過ぎて暇を持て余しているわけでもない。

私は私を生かす歯車の中で、日々を生きている。ひたすら、精一杯。

いつまで続くのだろう。

彼とは一体いつまで続くのだろう。

彼の事はとてもとても大切ですごくすごく、好き。

それなのに、この感覚は何なんだろう。

今始まっているものはいつ終わるのだろう。


とてもとても不謹慎だけど、生きるのって、面倒くさい。


私の人生を一言で表すなら、適当だ。テキトーの方が当てはまるかもしれない。

テキトーな学生生活を経てテキトーな会社に入ってテキトーに仕事をしている。

歯車になりきって、時には慌ただしく、時にはのんびりと。

ひたすら回し車を走り続ける日常を繰り返していたらあっという間に3年が過ぎた。



私は今、もの凄く眠い。

ベッドに寝転がり天井を見上げながら、話しかけてくる彼の言葉にテキトーな返事をした。

きっと「んー」だの「うー」だったかと思う。よく覚えていない。

彼は私が横たわったベッドに背を預けて、パラパラと雑誌を捲っている。


私、詩井怜は現在、お薬を貰って休養中の身である。

軽度の鬱というか、人嫌いが度を過ぎてしまったとかなんとか。

傾いたままの天秤が歩いているような、不安定な精神状態。

今は薬のもたらす強烈な眠気と引換にかろうじて心のバランスを保っている。


読み終わったのか雑誌を閉じると彼、古澄希生は私の方を向いて、


「実は、好きです。怜さんの事」


「…私も好きだよ…?」


間髪返す。これまでも、その言葉だけは聞き逃すことがなかった。彼なりの合図だからだ。

ちょっとだけ晴れた意識を精一杯稼働させて彼を見る。

古澄君は時折思い出したように「好き」と言ってくる。

付き合い始めて1年が経った今、なんとなく分かっていること。

彼の『好き』は『今、寂しい』という事かもな、ということ。

ベッドに横になったまま、シーツの端を持ち上げる。「おいで」の合図。


ところが、今日は一向に入ってくる素振りを見せない。

疲れた腕がシーツを離す。彼はじっとこちらを見たまま、動こうともしない。

段々眠気がぶり返してきていた。そんな中。


「…今日…ここから……いこうと……ます」


「…うん…?」


睡魔がすっかり息を吹き返してきていた。上手く聞き取れない。

自分自身がきちんと声を出せているのかもどうも曖昧だ。

あぁ、ごめん古澄君、私はもうダメだ。おやすみ。


まどろみの中で、部屋のドアが閉まる音が聞こえた気がした。

すっかり寝入ったと思って出て行っちゃったかな。

私はどうしよう、酷く億劫だけど、シャワー浴びたい…。





浴室を出た私はショーツ一枚にバスタオルのままベッドに飛び込んだ。

本当は全裸で布団に引きこもりたいところだが、それを初めて彼に見られた時は酷く怒られたのだ。

といってもちょっと口数が減る位のまるで子供みたいな怒り方だったから、
私はそんな彼がまた可愛らしいなと思ったりもしたものだった。

せめて下くらいは隠そうと思ったのはそれから。

梅雨に入ってもう数週間が経つが、この辺りは梅雨の時期も朝晩は割と冷える。

Tシャツの一枚でも着たほうがいいのかもしれないがもう身体が思うように動かない。

渾身の一撃で濡れたバスタオルを椅子にぶん投げる。

そろそろ本格的に寝入ってしまうのだろうと他人事のように考えながらズルズルとシーツに身体を埋めていく。


そういえば、なんだったかな。

彼はさっき何かを伝えにここに来ていた。

眠気が酷すぎてまともな返事も出来なかったけれど、何らかのやり取りがあったような気がする。

…部屋の閉まる音だけがおぼろげに記憶に残っている。

閉まる音は静かだったはずだ、多分。そう剣呑な話題ではなかったのだろう。



彼との生活が始まって、もう一年近くになる。

さっきの裸族禁止令みたいに、彼はそういう一般的な倫理観を割と尊重するタイプだ。

控え目で大人しくていかにも気が弱い。それとちょっと馬鹿だ。

それでも、見た目の癖に意外と芯はしっかりしている。

会社の同期だった私はその彼のそんなには悪くない見た目に惹かれて何度か食事をした。

人間、一緒の食事を何度か取ればどんな人間か分かるもので、彼も度々その魅力の片鱗を見せてくれた。

付き合い始めて1ヶ月が過ぎた頃、一人暮らしの自宅に彼を半ば強引に住まわせた。

割り勘が承諾され、浮いた家賃はデート代に消えることになった。

そんなこんなでもう1年。

私は寂しかったのかもしれない。

寂しいといえば、古澄君、入って来なかったな。

埋まるはずだったベッドの空間を一人分空けて、一人肩を抱くようにして、眠りにつく。

眼球が奥に沈み込むような感じ。睡魔が本気で寝せにかかってきてる。


彼は、何を言ったのだろう。




『さようなら』







昨日と今日の繋がりが曖昧に感じる朝というものは時折ある。

まるでフィクションのように気分爽快な朝を迎えて、ベッドの上をゴロゴロする。

今日は何をどうしようか、仕事はまだ少しの間休みをもらっているし体調もいい。

もう少し寝てしまってもいいか。


『さようなら』


瞬間、何かが脳裏の片隅をかすめる。

私はなにか取り返しの付かないミスを犯してしまったような気がして、
もう眠気なんて吹き飛んでしまっていた。

すぐさまベッドから飛び起き、なんとなく家の中のドアを手当たり次第に開けていく。

リビングに続くドア、トイレのドア、もう一つの洋室のドアを開ける。

まるで思い出せない忘れ物を探すように、家の中の隅々を見渡していく。

脱ぎ捨てられた服や雑誌で散らかったリビング、

ちょっとした物置になっている洋室、少し狭いキッチン。


何もおかしいところはない。異常は何処にも見当たらない。

何だったんだろう。この衝動は。

…この喪失感みたいな切なさは。

突然何かが見えなくなったような、突然過ぎて気づけてもいないような、不安。


いつか誰かが残した何かを、私はうっかり取りこぼしてしまったような。




第一章に続く

小説置場
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